企業の戦略や業績は決算書に表れる

2020年6月30日 青山 龍二

 人は身だしなみによって印象が大きく変わります。仕事着を例にしても、きっちりとしたスーツを着ていれば金融系等の固めの仕事に就いている印象を受けますし、ポロシャツやチノパンなどの比較的ラフな服装であれば、IT系やベンチャー系の仕事に就いているような印象を受けます。

 また、就く仕事にあわせて身だしなみを変える方がいるように、企業の戦略や業績によって決算書はその形を変えます。当コラムではピックアップした2社の決算書をグラフ化して比較することで企業の共通点や相違点を見ていくことにします。「コーヒーの価格の違いは損益計算書にどのように表れるのか?」(ルノアールとドトールの比較)、「優良企業の貸借対照表にはどのような特徴があるのか?」(キーエンスとニトリの比較)の2つの事例をご紹介します。決算書として損益計算書と貸借対照表が出てきますが、読み方の説明などは事例とあわせてご紹介します。


■コーヒー価格の違いは損益計算書にどのように表れるのか?(ルノアール・ドトール)

 ルノアールとドトールの2社の概要を一覧表にしてみました。

表1 ルノアールとドトールの概要



ルノアールは都心を中心に出店しており、かつ広いスペースを確保するために店舗家賃等の金額がドトールに比べて大きくなる特徴があります。コーヒー豆などの原材料の価格に大きな違いはありませんが、想定顧客・提供するサービスの違いによりルノアールのコーヒー価格はドトールよりも高くなっています。このように同業種の2社ですが、ビジネスモデルが異なることで、商品価格や費用構造も変わり、結果として決算書の形も大きく違ってきます。まずはルノアールを経営する企業銀座ルノアールの実際の損益計算書を見ていきます。

表2 銀座ルノアールの連結損益計算書(2019年3月期)





 損益計算書とは、売上高から各種の費用を差し引くことで利益を計算する決算書です。日本の会計基準では、売上高から5種類の費用を差し引くことで、5つの利益を計算します。決算書を読み慣れない方にとっては、科目が多くどのように読めばいいのか分かりづらいかもしれません。そこでグラフ化の出番です。下記にルノアールとドトールのグラフ化した損益計算書を記載します。ドトールの経営管理を行うドトール・日レスHDの損益計算書には洋麺屋五右衛門(レストランチェーン)やサンメリー(パン・お菓子・惣菜などの製造販売)などのコーヒー事業以外の業績も含まれます。コーヒーショップ同士の比較をするために、ドトールの損益計算書はドトール・日レスHD全体の数値ではなく、ドトールコーヒーグループの数値を使用しています(ドトールコーヒーグループにはエクセルシオール、ルノアールにはミヤマ珈琲など別店舗の業績も含まれますが、別店舗の店舗数は全体の3割未満で影響が少ないと考え、別店舗含めた数値で比較しています)。
 このグラフでは売上高から売上原価(材料費や製造部門人件費など)、販管費(管理部門人件費や店舗家賃、広告宣伝費など)の2つの費用を差し引いて本業の利益を表す営業利益を算定しています。また、実額ではなく、売上高を100%とした場合の売上原価、販管費、営業利益それぞれの割合を%で示しています。



図1 ルノアール、ドトールのグラフ化損益計算書

 両社の営業利益率は共に6%ですが、売上原価、販管費の割合が大きく異なることがグラフから分かります。ルノアールの売上原価率12%に対し、ドトールは51%と約4倍です。売上原価には材料費などが含まれますが、コーヒーの原価は、スペシャリティコーヒーなどを除けば大差ありません。では、なぜ原価率がここまで異なるのでしょうか?

 ここで両社のコーヒー1杯の価格を考えてみましょう。ドトールはコーヒー1杯で220円~320円前後、ルノアールは550円~650円前後です。ルノアールはドトールの2~3倍程度の価格で販売しています。この価格の違いが原価率の違いとなって損益計算書のグラフに表れています。原価が同程度であれば、販売価格が高いほうが原価率は下がります。ですから、高価格でコーヒーを販売しているルノアールの原価率がドトールよりも低くなっているのです。ルノアールはビジネスユースやプライベートの語り合いなど、顧客が長時間滞在することを前提として、ゆったりとくつろげるスペースの提供という価値もコーヒーの価格に含めて設定しています。一方、ドトールではテイクアウトが一定数あることに加え、顧客の滞在は比較的短時間を想定しテーブルや椅子は小さめに設計されており、空間提供等の価値は価格に含めず設定しています。このように対象とする顧客の違いがコーヒー価格の違いとなり、それが損益計算書の形の違いとなって表れています。原価率の低いルノアールですが、都心中心の出店やゆったりとしたスペースの確保など、店舗家賃が相対的に高くなるため、販管費率では82%とドトールよりも費用がかかっています。このように、損益計算書をグラフで見ると、同じコーヒーを提供する2社であっても、その営業戦略の違いなどが見えてきます。


■優良企業の決算書の特徴(キーエンス・ニトリ)

 日本の優良企業の決算書を見ていきましょう。ここではキーエンスとニトリの2社を紹介します。キーエンスは1974年創業、センサー、測定器など製造業のFA(ファクトリーオートメーション)化に必要な製品を取り扱う企業です。代理店を介さない直販体制や自社で工場をほとんど有さないファブレス(委託生産)体制などが特徴で、従業員の平均年収が2,000万円を超える高年収企業としても有名です。高年収を実現するキーエンスのビジネスモデルについては以前のコラム「高品質という日本経済の落とし穴」で解説しておりますのでご興味ある方はご覧下さい( https://nsri.nipponsteel.com/columns/1719096917/)。

 ニトリは1972年、家具販売を目的として似鳥家具卸センター株式会社として設立されました。その後1986年に社名を株式会社ニトリに変更し、2010年には持株会社制に移行、株式会社ニトリHDが持株会社となり、事業会社として株式会社ニトリ、株式会社ホームロジスティクスなどを有する体制になりました。「お、ねだん以上。ニトリ」がキャッチコピーです。製造から小売りまで自社グループで一貫して行うSPA(製造小売)と呼ばれるビジネスモデルに物流機能を加えた、製造物流小売業というビジネスモデルを確立し、2020年2月期まで33期連続増収増益を実現しています。

 電気機器メーカーのキーエンス、家具小売のニトリと両社は業種が異なります。加えて、キーエンスの総資産は1.8兆円、ニトリは7,000億円程度で規模も異なります。業種、企業規模が異なる2社ですが、収益性が高く継続して多額の利益を獲得した結果、内部留保が積み重なり貸借対照表が似たような形になっています。2社のグラフ化した決算書を見てみましょう。


図2 キーエンス、ニトリのグラフ化貸借対照表(単位:億円)

 ニトリは2011年2月期と2020年2月期の決算書、キーエンスは2011年3月期と2020年3月期の決算書を横に並べています。

 こちらの比較では貸借対照表という決算書を使用します。貸借対照表は企業が保有している資産と資産を取得するための原資である負債・純資産から構成されます。資産の金額と原資である負債・純資産の合計額は一致します。グラフでは左側に資産、右側に負債と純資産を記載しています。両社とも2011年の貸借対照表よりも、2020年の貸借対照表が大きくなっていることが分かります。これは毎期利益を積み重ねることにより、純資産の一部で内部留保とも呼ばれる利益剰余金(貸借対照表右側緑色部分)が増加したためです。

 負債と純資産の合計に占める純資産の割合、すなわち純資産÷(負債+純資産)を自己資本比率と呼びます。資産の原資を借入等の負債ではなく、資本金や利益剰余金などの自前の資金でどれだけ調達できているかを示す指標であり、企業の財務健全性をあらわします。この指標が高いほうが、一般的に企業の財務健全性が優れていると言えます。一般的な企業と比べてみましょう。



表3 キーエンス、ニトリ、上場企業平均値、での自己資本比率の比較

 一覧表にするだけでも、キーエンス・ニトリの2社の自己資本比率が突出して高く財務健全性に優れていることが分かります。特に、キーエンスは2011年3月期の時点で既に資産の原資をほぼ自己資金だけで賄えており、負債に頼らずに事業を遂行できています。

 このように、毎期安定して高い利益を計上している企業の貸借対照表は、利益剰余金が大きくなり、自己資本比率が高くなる傾向があります。両社とも利益剰余金が増加する一方で、負債はそれほど増えていません。キーエンスとニトリでは業種や規模が異なりますが、他の追随をなかなか許さない高度なビジネスモデルの確立によって、負債が増えずに利益剰余金が増えるといった共通点が貸借対照表から見て取れます。そして利益剰余金の増加は企業の高収益性に裏付けられていますので、両社のような貸借対照表の形は優良企業の決算書の一形態、と言えます。


 如何でしたでしょうか?企業がどのような戦略をとるかによって決算書の形は大きく変わりますし、決算書からその企業が優良企業かどうかを推定することもできる、という2つの事例をご紹介しました。数字の羅列では分かりづらい面もありますが、グラフ化することで理解が進むこともありますので、皆様のご参考になれば幸いです。

 さらに優良企業の特徴やビジネスモデルの違いによる決算書の違いなどについて、他の事例を知りたい方、会計を基礎から学びたい方は弊社で企業分析や財務分析に関するセミナーを扱っておりますので、ご興味ある方はご覧ください。
https://nsri.nipponsteel.com/training/jinzai/public/financial_accounting/

著者紹介
青山 龍二Ryuji AOYAMA

企業の業績分析や特許の価値評価を中心に、調査研究業務を行う。
最近の研究テーマは、企業業績、株価と各種統計データとの関係性分析。
プライベートの研究テーマは肉体改造。ウェイトトレーニング、筋肉とお酒との関係性分析。
・日本公認会計士協会準会員(日本公認会計士協会)
・日商簿記1級(日本商工会議所)
・簿記能力検定上級(公益社団法人全国経理教育協会)