女子には理解できない男子の謎 ~なぜ男子は闘争を通じて友情が発生するのだろうか~

ゲーム理論で考察する闘争時の最適な戦略

2017年8月9日 熊谷 宜子

本コラムにおいては、長年数多くの考察がなされてきた「女子には理解できない男子の謎」についての考察を行う。

~はじめに~

さて、皆さんは漫画やアニメなどで、男のキャラクター同士が敵味方として闘ったあと親友になる…というシーンを一度は見たことがあるのではないだろうか。
多くの方が漠然と持つ、この「男子は闘争を通じて友情が発生する」という不可思議なイメージについては、「女子には理解できない男子の謎」として今まで数多くの考察がなされてきた。

先日、この事象について興味深い研究結果がハーバード大学から発表された。
複数の国における各種スポーツにおいて対戦後の対戦相手間とのコミュニケーション(握手や抱擁等)を男女別に観察した結果、なんと男性間の方が、闘争後に相手とより友好的に振る舞う傾向が見られたのだ。[1]

この事象について人間のみならず動物全体を見渡してみると、動物行動学においても、オスが闘争の際に友好的とも見える行動を取ることが知られている。例えばサルの複数の種においては、争いの直後に仲直りとも見られる友好的な行動が高頻度で見られる。[2]
また、アフリカゾウやアジアゾウにおいても、対立する立場のオス同士が友好的に鼻を絡み合わせる行為が知られている。

ところで、なぜ動物のオスは闘争の際にこのように友好的な行動を取るのだろうか?
そしてこの行動、仮に動物行動学の世界で意味があったとしても、人間社会においても何か意味を有するものとなりうるのだろうか?
今回はこれらについてゲーム理論と動物行動学の観点から考察してみよう。


~なぜオスは闘争の際、友好的に振る舞うのか(ゲーム理論からの考察)~

動物のオス同士は、はるか昔より資源(食料、縄張り、配偶者など)をめぐり闘争を重ねてきた。そのような中、各オスは自身が生き延びるため、状況に応じてその都度最適な戦略を採用していたはずである。

そのような戦略としては、「敵と対峙したら闘争する」タカ戦略、「敵と対峙したら逃げるか友好的にふるまう」ハト戦略に大別される。
これら2つの戦略の効果を、ゲーム理論[3]でよく知られる数理モデル「タカ・ハトゲーム」の利得表(下記参照)から考察してみよう。

この表においては、資源を前に対峙する二個体が各戦略を採用した場合の利益を示す。
表における「利益」とは闘争によって得られる資源(食料、縄張り、配偶者など)であり、「リスク」とは、闘争によって失うもの(負傷、自身の生命など)を示す。
各個体は、相手が自分より強いか否かを判断したうえでいずれかの戦略を選択するものとする。

①②は弱者と強者が対峙した場合である。この場合、弱者は必ずハト戦略を採用し、強者は必ずタカ戦略を採用する。弱者は強者と闘争しても必ず負けるため、闘いを挑んでも負傷のリスクしかない。このため弱者は逃げるが得であり、強者はタカ戦略により利益を独占するのが得となる。

③は力の均衡する者同士が闘う場合である。この場合、勝者は資源を獲得できるが敗者は何も得ることができないうえに負傷や死亡のリスクも負うこととなる。
このため、利益がリスクに対してよほど大きいものでなければ、力の均衡する者同士が闘うことは得策ではない。

それでは力の均衡する者同士が④のように互いに友好的に振る舞う場合はどうだろう?
この場合、双方ともに資源を独占することはできないものの、負傷等のリスクなく分配された資源を獲得することができる。
このため、闘争によるリスクが大きいと判断される場合は、資源の独占を手放してでも友好的に振る舞うことが得策と言える。

■考察
以上のように、相手と自身の力量によって最適と言える戦略は大きく異なってくる。
動物界においては、相手に応じて最適な戦略を採用することができた個体ほど生存率を高め、その結果、そのような個体ほど子孫を残す可能性が高まった。
このため、「相手の力量に応じて最適な戦略を採用することのできる」遺伝子は長い時間をかけて集団内に浸透し、資源を争うオスの本能として染みついたと考えられる。

その結果、動物のオス達は闘争相手が均衡する力を有すると判断すると、本能的に友好関係を築こうとするのではないだろうか。
人間においても、ケンカのみならずスポーツや格闘技であれば闘争を通じて相手の力を判断できる。このため人間も、闘争を通じ相手の力が自身と均衡すると判断すると、本能的に友好的関係を築こうとするのだろう。

このような仮説から考察すると、「男子は闘争を通じて友情が発生する」という事象は、単に精神性や社会性によるものだけではないのではないだろうか。
はるか昔から「生き残るために最適な戦略」を採択できた個体だけが選択的に生き残っていった結果、生物として染みついた本能による部分が大いに影響しているのかもしれない。


~ビジネスシーン・人間社会における本戦略採用の意義~

それではこの戦略、人間社会における各種闘争でも有用な場面はあるだろうか?
答えはイエスだ。
「同じ資源を争う、均衡する力を持つ者同士」という関係が成り立つのであれば、「友好的に振る舞う」戦略は互いに利益あるものとなる。
また、社会活動の場面においては、ケンカやスポーツとは異なり実際に闘争せずとも相手の力を各種情報で判断できる。このため実際の闘争を経ることなく最適な戦略を採用し、自身が被るリスクを最大限抑えることができる。

企業における「ハト戦略」の具体的な例としては、例えばいくつかの企業で見られる早期退職・賃下げ再雇用制度が挙げられる。
人数が多くかつ賃金の高い世代の社員に対し、限りある「会社の資金」という資源を分配することで、各人の賃金は下がるものの「解雇」という甚大なリスクを避けて全員の雇用を確保することができる。

個々人の人間関係においては「同じ試験の合格枠」を争う受験生同士、成績の近い相手とは敵対せずに仲良くなりやすい例が挙げられる。互いに友好関係を結び、有益となる情報共有や勉強のペース調整をする方が、これらの利益を逸して「不合格」のリスクを高めるよりも、自身にとって有益となるためである。

このように「同じ資源を争い、かつ、力の均衡する相手」に対しては、「闘争」するのではなく「友好関係」を結ぶことの方が最適な戦略となる例が多々ある。

そのように考えるとこの戦略は、企業やビジネスパーソン、そして個々人の“本能”として備えておくことで、結果的には社会における自身の生存率を高めることとなる有益な戦略であると言えるだろう。


※引用
[1] Cross-Cultural Sex Differences in Post-Conflict Affiliation following Sports Matches  - Joyce F. Benenson'  F. Benenson
Current Biology
[2]  霊長類生態学 : 環境と行動のダイナミズム 杉山 幸丸 (著)
[3] 行動生態学 沓掛 展之 (著), 古賀 庸憲 (著)

著者紹介
知的財産事業部/主幹
熊谷 宜子Takako KUMAGAI

大学院で進化生物学を研究の後、元公社企業での官公庁向け企画業務、特許事務所での権利化業務に携わり、現在は鉄鋼分野の権利化業務を行う技術者。ワークライフバランスを大事にする二児の母でもある。