21世紀 知財部署ルネサンス

2019年10月25日 酒井 良介

 皆さんにとって思い出の1冊とは?‥選び方は人それぞれだが、筆者にとっては多様な分野に興味を持つきっかけとなった立花隆氏の著書『脳を鍛える』である。

 筆者の出身は千葉県だが愛知県の大学へ入学することになり、引っ越し直前に地元の駅前の書店に積まれているその本をふと手に取った。「授業はサボるためにある」「留年のススメ」「アインシュタインの脳を分析したら」「精神の革命 ルネサンス」‥‥などの刺激的な文言に魅かれ、購入したことを覚えている。

 限られた範囲を勉強する大学受験から解放された喜びの反動か、大学入学当初は何度もこの本を読んだ記憶がある。おそらく購入してから今までに100回はこの本を開いているだろう。その後は立花隆というジャーナリストに興味を持ち、興味のあった素粒子や宇宙物理学に関する著作だけでなく、サル学、分子生物学、臨死体験、映画論、政治関係などの他分野に関する著書も読み広げていった。また、美術館等で絵画や写真を見るようになったきっかけも立花隆氏の著作がきっかけだった。

 書籍から得た知識が仕事に役立ったという場面は残念ながらほとんどなかったが、様々なキャリアの人と出会う中で、共通の話題を見つけやすいという御利益はあったと思う。今から振り返ると、筆者は一つの分野を突き詰めるよりも多様な分野に興味を持つようなタイプなのかもしれない。

 社会人として6年を経過する頃だったと記憶しているが、メーカで製造・技術開発を行ってきた筆者が、「技術力ではないところでビジネスの趨勢が決まっているのではないだろうか」と疑問を持ち始め、現場でモグラたたきのように日々トラブル対応に走り回っていることに納得感を持って取り組むことが難しくなったことがあった。代わりに、無形財産である「知的財産」や、ものの売り方に関する「マーケティング」に興味が移った。

 そこで、会社の支援制度などを利用しながらそれぞれの分野について大学の講座等で勉強している中で、本格的に知財に関する業務に取り組みたいと考え、社内の制度等を活用して知的財産権業務担当部署(傘下子会社含む。以下、知財部署)への異動を希望したのだが、あえなく撃沈。そういうわけで、社会人として8年を過ぎたところで現職へ転職することを決意した。

 転職後は公的機関の委託業務案件に取り組むこととなったため、「知的財産」や「マーケティング」の業務ではなく、国家プロジェクトで生み出された技術成果の社会実装に関する分析等(いわゆる「技術経営」分野の調査業務)を行うことになった。
 その間にも「知的財産」に関する勉強だけは継続しており、昨年度に弁理士試験に合格したことをきっかけとして、社会人13年目(転職5年目)にして前職から希望していた知財部署へ異動を果たすことができた。

 自身のキャリアを振り返ると、通常とは異なるキャリアパスで知財部署へ異動していると感じる。多くの製造業での知財部署へのキャリアパスとしては、新卒入社当初から配属されるか、研究開発した後に配属される、もしくは特許事務所に勤めてから転職する、というのが一般的ではないだろうか。筆者もこれまで出会った製造業の知財部署の方で、製品事業部や調査業務の経験者はいなかった。

 前職から現職へ移る際に色々と調べたが、特許事務所を除き、製品事業部出身の筆者に適する知財業務の求人はなかった。筆者は第二新卒ではないため、知財部署への転職であればその経験の有無が問われるのは当然であるが、このような現状が本当に良いのだろうかという疑問を持つ。転職市場においてだけではなく、企業内部でも知財部署へ転じるためのキャリアパスが極めて限定的であると聞く。

 過去の筆者に知財部署への求人がなかったことに対する恨みを書きたいのではなく、知財業務のあり方が変化していると指摘する識者が多いなかで、相変わらず従来型の人材(出願系経験者)ばかりが求められているように感じられたのだ。

 妹尾堅一郎氏の著書『技術で勝る日本がなぜ事業で負けるのか』によれば、過去における事業競争力は「既存モデルの磨き上げ」であったものが、今は「社会や産業や生活に新しい価値をもたらす新しいモデルを創り出すこと」に比重がおかれるという。しかも「単に創出するだけではなく、普及させること」も大きな役割になったと説く。それは、事業競争力をもつためには「科学技術は必要条件であるが、十分条件としてビジネスモデルと標準化を含む知財マネジメントの摺り合わせが必要」な時代への移行を意味するという。

 そのような時代においては「事業戦略」「研究戦略」「知財戦略」の3領域全般に目配りができる人材が必要であり、この3領域の三位一体型の戦略として以下の①~③が重要であるようだ。

①製品特性に沿った急所技術* の開発
②「市場の拡大」と「収益確保」を同時達成するビジネスモデルの構築
③独自技術の権利化と秘匿化、公開と条件付きライセンス、標準化によるオープン戦略などを使い分ける知財マネジメントの展開

 とすると、多様なキャリアパスを経た人材が知財部署へ来ても良いのではないか、と筆者には思えるのである。現状多様なキャリアパスを経た人材が知財部署で求められない現状は、もしかすると製造業の知財部署が果たしている役割や機能は今も昔もそれほど変わっていないことの表れなのかもしれない。

 これまでの職歴の中で知的財産に関する業務に携わったことのない筆者が、知財部署の中でどのように活躍できるのか、一抹の不安を感じる時もあった。しかし、大学での知財戦略講座などで学ぶにつれて、これまでの職歴で培ってきた「製品事業部での経験」や「技術経営的な観点からの考察」は、知財部署の業務において実は非常に重要なことではないのだろうか、と思えるようになってきた。

 早いもので40代の足音が近づく年齢になったが、今後は、事業競争力強化に資するための知財部署のあり方、経営の役に立つ知財の姿、を自分なりに追求してみたいと考えた。

* : 付加価値を集中させた製品特性を成り立たせるための基幹技術等

著者紹介
酒井 良介 Sakai Ryosuke

理学部物理学科卒。素粒子宇宙物理学専攻。
学部4年生で光合成の研究室に入るものの、サンプルのバクテリアを全滅させかけ、生き物以外を研究対象とすることを決意。
修士時代は国際リニアコライダー計画に魅かれ「スピン偏極電子ビーム生成」に情熱を捧げる。
大学院修士課程修了後は素材メーカへ就職し、製造・技術開発の技術者を経て現職。
苦手分野は家事全般。

2019年 弁理士登録。