病めるときも、健やかなるときも、AIと生きる
ここ数年、「AI(人工知能)」という言葉を雑誌やTVで頻繁に見かけるようになりました。2013年には、2025年から2035年の間に今の仕事の49%が消滅し得るという衝撃的な予想もされています(*1)。当時はピンときませんでしたが、私の働く知財業界でもAIが先行技術文献調査を行うツールや特許明細書を作成するツールが登場し、彼らはじわりじわりと活動領域を広げているようです。
科学技術の発達により煩わしい仕事がなくなるのは大歓迎であり、新発明を支援する立場として大変喜ばしいことです。しかし私のような一般人が真っ先に考えたのは仕事を奪われるという脅威です。未来のことは誰にもわかりませんが、ここではAIのソフトウェアやAI搭載ロボット(以下、AIたち)が私達と同じ能力で働けると仮定します。AIたちによる人間の失業対策として、多くの専門家がベーシックインカム(最低所得保障)を挙げています。例えば戦略コンサルタントの鈴木貴博氏は、AIたちの産業利用に対しては、その働きが人間何人分かを計測し、その仕事に応じた賃金を国に支払い、国がその賃金を国民に再分配することで失業対策となると述べています(*2)。人間とAIたちの“人件費?”の差を無くすことで失業を防ぐというのは良い案です。
この制度を各国が採用するとして、経営者達はAIたちの賃金がより安い国に拠点を移すのではないでしょうか?そうなればベーシックインカムの財源の確保が問題になります。このような事態を防ぐため各国の利益保護と、国際間の利害調整のためルールづくりが必要になるのは関税やその国際協定などと同じですね。しかしそもそもWebサイトですらも国外にあるサーバーの規制がかけられないという世の中で、AIたち自身の知能の中枢も国外と通信ネットワークで繋がっていることも考えられますから、そうなると制度をどう作ることになるのでしょう。パッと調べた限りでは軍事ロボットと国際協定については論じられているものの(*3)、この点は議論に上がっていないようです。
自分の仕事をAIたちが代わりにやってくれるようになれば、そのとって代わられた人間の能力はどんどん低下していくでしょう。技術の発展が人間の能力を退化させるという指摘は今までもずっとされてきました。最近のノルウェーでの研究では、1975年以降生まれた人のIQが緩やかに低下していると報告されており、その背景には読書量の低下、インターネットの普及が挙げられています(*4)。私個人でもインターネットやスマートフォンにより自分で思考、判断する機会が随分減ったと感じています。最近Gmailでは自動的に返信文を表示してくれますが、初めてみたときはこの先人間がどうなるのか恐怖を感じました。しかし見方を変えればかつて電卓で筆算の必要がなくなり、ワープロの登場でペンを使う必要がなくなったように、これらの能力は不要になったと考えることもできます。手段がどんどん便利になる中、人間に必要な能力が今までよりも一層絞られてくるのではないでしょうか。
さて、私が年老いて、介護もAIたちのお世話になり、気も滅入ってきて、いっそのこと安楽死してしまいたい、などと思ったとしましょう。自分の「始末」、さらにはお葬式や相続手続など「後始末」一式もAIたちに頼もうかと思うかもしれません。そのとき、AIたちはどう振る舞うのが良しとされるのでしょうか?AIたちにどのような倫理観を教えていくのかが問題になるのだと考えますが、そもそも私たちの中でも倫理観が定まっていないのですからAIたちも完璧ではなくて良いのではないでしょうか。そのAIたちの行為によって事故が起こった場合にだれが法律上の責任をとるのか、AIたちが責任を負えるのか、人格?や人権?が認められるのか、情状酌量はありうるのか、という議論も考えられます(*5)が、これも現在の自動車交通の法制度と同様に行為者や所有者(人)が責任をとるような形に落ち着くのではないかと考えます。
AIたちの発達に伴い考えなければならないことは沢山ありますが、結局は過去の問題と同様のようです。かつてコンピュータやスマートフォンがそうであったように人間の生活に自然と溶け込んでいくのでしょう。そのときにはAIたちよりも能力が劣る故に自分の存在意義を見出すこと、生きる目的を明確化すること、が重要になると思われます。それで私はその準備ができているのかというと‥‥。
*1:“THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?“ Carl Benedikt Frey and Michael A. Osborne,September 17, 2013
(https://www.oxfordmartin.ox.ac.uk/downloads/academic/The_Future_of_Employment.pdf)
*2:『仕事消滅 AIの時代を生き抜くために、いま私たちにできること』(鈴木貴博著、2017年、講談社)
*3:外務省 報道発表「特定通常兵器使用禁止制限条約自律型致死兵器システムに関する政府専門家会合の開催」(https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_005290.html) など
*4:“Flynn effect and its reversal are both environmentally caused” Bernt Bratsberg and Ole Rogeberg, PNAS, June 26,2018 (https://www.pnas.org/content/115/26/6674)
*5:『人間さまお断り 人工知能時代の経済と労働の手引き』(ジェリー・カプラン著、安原 和見訳、2016年、三省堂)など