AIによって私たちは失業するか?デジタル時代の悪あがき考。

2021年1月27日 山下 喬昭

 近年の急速な社会変化により、社会人(職業人)に求められる能力は変わってきている。例えば、一般的な企業では、つい数年前までは表計算アプリのExcelや文書作成アプリのWordなどがある程度自由に扱えると、「最低限、仕事ができる人」とみなされていたように思う。だが、今後もそういった景色が広がっていそうにはない。その兆しは読者諸兄が日々肌で感じている通りである。例えば、デジタルネイティブ※1世代や、更に先進的なIT教育を受けたデジタルリテラシーの高い世代が社会人として入ってきたとき、既存の職業人にも彼らと同等のプログラミングや専門的なIT知識が必須とされるかもしれない。
 また、そういった見えつつある変化に限らず、他に必須とされるようなスキルが生まれる可能性もある。巷間では、「AI化によって消える職業、残る職業」※2というのが、まことしやかにささやかれている。これは、英・Oxford大学のマイケル・オズボーンらが2013年に発表した論文※3から引用されているものが多い。アメリカにおける職業を、その賃金と将来のコンピューター化の関係からリスク評価したもので、以後社会的に大きな反響を呼んでいる。
 このように、我々が日々関わっている「仕事」というのは、実は変化とリスクにさらされている。こうした変化が現在、水面下で進行しており、私たちはその変化を受け入れ、それに対応していく必要がある。換言すると、これからの職業人や仕事に携わる人の生存戦略はどうあるべきであろうか。デジタルネイティブが大多数、AIが標準となるような未来に、一体、筆者を含むデジタルイミグラント(脚注1参照)は何をして待ち構えておくべきなのか。
 本稿では、動物、企業、過去の職業の盛衰と、異なる事例から様々な角度・見方で「職業人の生存戦略」を考え、捉えてみたい。

 企業戦略※4においては、業界構造などにもよるが、コストリーダーシップ戦略や差別化戦略といった戦略がとられることがある。これらを「職業」の観点でアナロジーとしてみると、企業戦略における主体は企業であり、職業において主体は被雇用者自身のことである。例えばコスト戦略を職業に置き換えると、求められる質の仕事の成果を如何に効率的に出せるか、というふうに置き換えられる。これを実現するためにはITなど新しいツールを利用してもよいだろうし、外注など外部リソースを安く利用して達成してもよいだろう。
 差別化戦略は、他社に対する比較優位を持つことである。職業人としてこれを実現するには、技術的優位性を築いたり、資格などを取得したり、という手段が考えられる。ぱっと思いつく限りでは、ITスキルや専門技術の取得や資格、英語をはじめとした語学関連のスキルを持っていることは、今後も優位性に一役買い、重宝される可能性が高い。

 続いて、動植物における生存戦略も参照したい。動植物が生き残っていくための優位な条件とは、十分な栄養源があること、天敵が少ないこと、かつ気象などの日常環境に適応していくこと、などが挙げられるだろう。こちらも職業に対するアナロジーとしてみると、被雇用者自身というのは、食物連鎖の頂点ではない何らかの動植物であり、捕食者は新たに生まれた職業に携わる人や被雇用者の職業の隣接分野に携わる人、それらの人を代替するAIなど、と定義できる。
 食物連鎖の最上位にいるライオンのような動物であれば、天敵をあまり気にする必要はないだろう。一方で、被食側の動物による捕食者対策は多様化している。例えば、広大な草原に暮らす草食動物のスプリングボックは非常に足が速く、天敵である肉食動物からは単純に速度で圧倒して逃げるという戦略をとっている。加えて、多くの草食動物の場合は目が横についており視界が広く、できるだけ早く天敵を発見することができる。「とにかく逃げる」という戦略のために様々な能力を持つに至ったようにみえる。他にも、環境を変え、天敵が生存できないような高山や砂漠などの厳しい環境で生きることに適した能力を持った、いわばニッチ化の事例もみられる。
 これらの動植物の事例は基本的には、数ある進化の筋道から適者生存に従い生き残った例であると考えられる。多様化すること、専門化すること、ニッチ化することなど、生き残りのための戦略があるように見える。
これを職業における戦略に読み直してみると、職能を専門化しておくこと、または天敵である人やAIが困難もしくは苦手とするようなニッチな方向・分野の職能に自身の多様性を広げておくことが、これからの時代の被雇用者の生存戦略として必要であると考えられる。

 過去の職業の盛衰はどうだろうか。19~20世紀は機械による自動化が推進された時代であった。職業の興廃という観点では、電話交換手の盛衰は典型的である。初期の電話においては電話番号がなく (または複数の家庭で共同の回線を使うケースもあったため)、話したい相手につなぐためには、電話交換手の手動による回線交換が必要であった。電話交換手は、職業として世界的にメジャーな時代があり、能力の基準として認定資格制度もあったが、自動電話交換機の登場によりその需要がなくなり、遂には認定資格制度が廃止となって、すっかり馴染みの薄れた職業となってしまった。
 電話交換手※5の場合、日本では1984年に電電公社の資格制度が廃止となり、それ以来、求人は減っているようである。現在の電話交換手の求人情報を調べてみると、電話オペレーターとして業務は残っているものの、電話応対の品質※6、コミュニケーション力といった職能が重視され、国家認定資格とされていた頃とは異なる職能が重視される職業となっている。結果論ではあるが、正確かつ素早く取り次ぐための電話交換という業務のみでは生き残れなくなったため、それ以外の業務に比重を移して存続しているようである。
 他にも牛の搾乳や駅での改札業務など、機械による自動化によって衰退した職業というのは例を挙げると枚挙に暇がない。ただ、搾乳や改札という職務の機械化によって、電話自動交換機や自動搾乳機(ロボット)や自動検札機の開発・製造およびメンテナンスという別の仕事を生むなど、他の職業・仕事を生み出すことにつながっている。
 これを現代でみると、仮にAIが普及し特定の職業が衰退したとしても、そのAIの学習内容を検証・改善するなどの新たな職業が生まれることも十分考えられる。被雇用者としては淘汰されないことを基本戦略としつつも、仮に職業そのものが淘汰されるのであれば、既存のノウハウを活用しながら新たな職業に適応していくしたたかさが必要ではないだろうか。

 長期的に見て、AI化による特定の職業排除の圧力は働くと考えるのが妥当と考えられる。一方で、既に我々が経験した20世紀の間にも、様々な職業の機械化・自動化の波があった。その職業は、新たな職業に形を変えたり、職能に求められる内容を多角化したりして、生き延びている例が多々あることは紹介した通りである。
 AI等による職業・仕事の淘汰が本格的に始まっていない2021年現在、取れる生存戦略としては、被雇用者自身の就いている職業に親和性・付加価値の高い業務を統合していくこと、あるいは職能の専門化、多様化、が重要なことであるように思う。

 筆者も、ますますIT化が進んでいく社会で取り残されないよう、精進して自身の価値を創造していきたい。

※1 学生時代からまたは物心ついたときからパソコンやインターネットがある環境に育った世代。1976年生まれ、1986年生まれ、1996年生まれに区切りがあるとされる。IT普及前に生まれITの力を身に着けた者をデジタルイミグラントと呼ぶ。日本においては、橋元良明らが提言したとのこと(木村忠正、2012 等)。
※2  https://gendai.ismedia.jp/articles/-/40925 (週刊現代などより)
※3  https://www.oxfordmartin.ox.ac.uk/downloads/academic/The_Future_of_Employment.pdf?link=mktw
※4 企業戦略論(J.B.バーニー)、競争と戦略(M.ポーター)など
※5  https://business.ntt-east.co.jp/content/nw_system/01.html (NTT東日本より)
ご存知の通り、日本でも初期の電話サービスは、番号をダイアルするとそのままつながるものではなく、電話と電話とを手動でつなぐ必要があった。この電話回線どうしをつなぐ業務を担っていたのが、電話交換手である。
※6 https://www.jtua.or.jp/

著者紹介
山下 喬昭Takaaki YAMASHITA

学生時代は材料学を専攻し、原子層薄膜などの先端材料に関する研究を行う。素材・化学メーカーでの研究開発職を経て、現職。
旅と、その土地の美味しいものを食べることがライフワーク。