「目的の転移」にご用心

2018年4月3日 神谷 昌男

 「会議での話し合いが錯綜して終わりが見えない。やらなきゃいけないことが多くて大変だ。」などなど、仕事をしていると閉塞感を感じることは少なからずありますよね。閉塞感を感じる原因の1つは、「目的の転移」が発生しているからかもしれません。

 「目的の転移」とは、目的を達成するための手段が目的化してしまって、そもそも達成すべき目的が忘れ去られてしまうことです。手段と目的が逆転してしまう、まさに、本末転倒です。「目的の転移」は、アメリカの社会学者マートンらが、組織全体よりも自分自身の所属する部門の利益を優先する官僚制の逆機能において指摘しました(『社会理論と社会構造』、みすず書房、1961年、マートン著、森東吾ほか三名訳)。

 学術的な議論は置いておいて、身近な場面を考えてみましょう。例えば、会議の資料作成を頼まれた場面です。

 「いろいろ調べてみると、あれもこれも会議に必要そうな情報ばかりに見えてきてしまうなあ。とりあえず、集めるだけ集めてみるか。あとは、資料をかっこよく見せなきゃいけないな。会議で資料が目立たないとなあ。プレゼンの本を何冊か買って、よさそうなやつをまねてみるか。でも、時間かかりそうだな。徹夜で頑張るしかないかなあ。」

 こういう経験は、若手社員あるあるの1つではないでしょうか?中堅・ベテラン社員もいまだに同じやり方で資料作成している人は少なからずいるのではないしょうか?このやり方だと、資料を作るという会議の「手段」が、会議参加の目的になってしまっています。おそらく、このような感覚で作成された会議資料で会議が続くと、資料作成者は、資料さえ会議で目立てば会議が成功したかのような勘違いを起こし、ますます資料作成だけに凝るオタクになってしまい(その道のプロになるなら話は別ですが、普通の会社員は違うはず。)、貴重な時間を使って集まり、直接話して賛否や対応策を決めるという会議本来の目的が失われ、参加者は、ただただ閉塞感に覆われた時間を過ごすことになると思われます。

 会議資料は、会議でより良い成果を達成するために必要となる情報を提供する「手段」です。せっかく、人と人が集まって直接意見交換するのですから、何か目的があるはずです。その場で会議資料が目立つものであるかどうかは重要ではありません。会議の目的はそもそもなんなのか?その目的を達成するために、どのような情報が必要か?ということが会議資料の作成に求められていることです。おそらく、このような感覚で作成される会議資料は、実り多い結果を残す充実した会議につながり、資料作成者も問題解決を提案する能力が磨かれた貴重な存在になるのではないでしょうか。

 会議での資料作成を例にとりましたが、「目的の転移」というのは、私たちの日々の暮らしから社会問題まで、いろんな場面で発生します。日々の悩みのけっこうな割合が、この「目的の転移」によって発生している気がします。

 したがって、「目的の転移」を防ぎ、自分が取り組んでいることの目的を忘れないようにすることは、人が生きていくうえで非常に大切だと言えます。このことを分かりやすく解説している本に『プラグマティズムの作法』(技術評論社、2012年、藤井聡著)があります。プラグマティズム自体は100年以上前に生まれた哲学の1つですが、この本は、古臭いことも難しいことも全くなく、日常生活でも役に立つ実践方法が分かりやすく解説されています。いまでも私はときどき読み返しています。興味がある皆さんは、ぜひご一読ください。

 皆さんも「目的の転移」にはご注意くださいね!

著者紹介
知的財産事業部/主幹
神谷 昌男Masao KAMIYA

弁理士。バイオ、化学、機械、ソフトウェアまで幅広い技術分野において国内外の特許実務を行う。大学や企業において特許セミナーも行っている。