コラム

高品質という日本経済の落とし穴

2019-07-30掲載

■高時給企業は有形固定資産に依らないビジネスモデルが大半

転職・就職情報プラットフォームを運営するオープンワーク株式会社が上場企業の時給ランキング2019を公表しました(*1)。図表1ではランキング上位10社を抜粋しています。1位のキーエンスは時給8,000円越え、総合商社、不動産、商社、バイオ、金融等の業種がランクインしています。サラリーマンの平均時給は2,700円程度(*2)であり、時給の高さが分かります。


  
図表1:高時給企業トップ10

図表1

※1 出典:オープンワーク株式会社「働きがい研究所 調査レポートVol.60」

※2 業種は会社四季報2018年第3集の分類を用いて筆者作成


このような高時給企業の業績はどうなっているのでしょうか。図表2では企業の収益性を示す売上高純利益率を高時給企業1位のキーエンス、キーエンス以外の高時給企業9社の平均、日本企業平均に分けて記載しました。キーエンス以外の高時給企業9社平均と日本企業平均では収益性に顕著な差は見受けられません。しかし、キーエンス以外の9社はサラリーマンの平均時給の2倍以上の時給を従業員に支払った上で売上高純利益率6.5%を達成しており、日本企業平均と比べて収益性が高いことが分かります。そしてキーエンス以外の9社平均と比べ、より高時給を従業員に支払った上で40.0%の売上高純利益率を計上したキーエンスの収益性の高さが際立っていると言えるでしょう。



※高時給企業(キーエンスとキーエンス以外の9社平均)は各社有価証券報告書から筆者算定。日本企業平均は日本経済研究所「産業別財務データハンドブック2018」の数値を使用した。対象期間は主に2018年3月期。日本企業平均が加重平均で算定されているため、キーエンス以外の9社平均も加重平均で算定した。


これら高時給企業の業種にも偏りが見られます。図表3では企業の総資産に占める有形固定資産の比率を記載しています。有形固定資産には建物・機械装置・土地等が含まれますが、図表1の高時給企業のうち、キーエンス以外の9社平均は17.4%と日本企業平均の6割程度です。設備投資を必要としそうな製造業のうち、シンバイオ製薬はスペシャリティ・ファーマ(いわゆる創薬ベンチャー)で薬品工場は持っていません。三菱地所だけがこの中で有形固定資産比率が突出していますが(*3)、総じて高時給企業は建物・機械等の有形固定資産が少ない企業が多いと考えられます。


そして図表1で1位のキーエンスは、業種では電子部品・産業用電子機器メーカーですが、有形固定資産比率は僅か1.4%と、実は有形固定資産をほとんど保有していません。この理由は後述しますが、高時給企業を見ると、有形固定資産に頼らないビジネスモデルにより高収益性を確保し、従業員の高時給を実現していると考えられます。



※高時給企業(キーエンスとキーエンス以外の9社平均)は各社有価証券報告書から筆者算定。日本企業平均は『産業別財務データハンドブック2018』(日本経済研究所)の数値を使用した。対象期間は主に2018年3月期。日本企業平均が加重平均で算定されているため、キーエンス以外の9社平均も加重平均で算定した。


■キーエンスのビジネスモデルは課題解決の収益化

高時給企業トップ10社の中で、突出して収益性が高いキーエンスのビジネスモデルを見てみます。
キーエンスは1974年に兵庫県尼崎市でリード電機として創業し、1986年にキーエンス(KEYENCE)に改名しました。KEYENCEはKey of Scienceの略です。センサー、測定器など製造業のFA(ファクトリー・オートメーション)化に必要な製品を取り扱っています。
キーエンスのWebページを見ますと、社長メッセージに「付加価値の創造こそが企業の存在意義」、それを生み出す主なビジネスモデルとして「グローバルダイレクトセールス」すなわち代理店抜きの直販体制、また「ファブレス」すなわち委託生産体制を掲げています。顧客に直接会って先端的な課題を具体的に把握し、最適な委託先を選んで製造し、課題を製品の形で解決すること、さらにはその開発品を汎用・量産品化して多くの企業の課題に応えること、で高収益ひいては高時給を実現してきていると言えそうです。
顧客の潜在ニーズ・課題を解決する場面では、競合は少なく、製品の価格相場が存在しないことが多いと考えられます。このような状況では言い値で取引が成立しやすいため、高収益を期待できます。また、特定の顧客の潜在ニーズ・課題の解決は、他の顧客や業界に転用することもできるため、製品を汎用化・量産化することで単品の売り値は下がりますが、大量に売ることができ結果として収益増加を望めます。さらに生産を外部に委託することにより、コンサルティング営業や商品開発など、キーエンスが独自の強みとしている業務に集中できる体制を構築しています。ただし、全ての生産を外部に委託するのではなく、キーエンスにとってノウハウを社内で蓄積する必要があるような製品については子会社が製造し、汎用品の製造を外部委託するといった棲み分けをしています。
このように見ると、キーエンスはメーカーというよりコンサル企業、エージェンシー、という業種なのかもしれません。キーエンスの高収益、高時給を実現するのは徹底した付加価値の創造、高い生産性がなせる技と言えそうです。


■日本の生産性の低さと高品質・低価格という妄想

ところで、日本の生産性は世界的に見て低いと言われています。元ゴールドマンサックス金融調査室長であり、日本政府観光局特別顧問などを務めるデービッド・アトキンソン氏は著書「新・生産性立国論」の中で高品質・低価格という妄想が日本の低生産性の一因だと指摘しています。
図表4に記載したように、1990年から2014年にかけての生産性向上率ランキングでは日本は2.72%の上昇で世界126位です。また、1人あたりGDPでは、日本は2000年にルクセンブルクに次いで世界2位でしたが、2017年には26位まで転落しました。


  図表4:1990年~2014年の「生産性向上率」ランキング(主要国のみ)

図表4

※出典:『新・生産性立国論』(デービッド・アトキンソン著 2018年2月 東洋経済新報社)。生産性向上率はアトキンソン氏が定義した1人あたりGDP(購買力平価ベース)の成長率


今後生産年齢人口が激減する日本では、生産性向上が必須と言えますが、解決方法はあるのでしょうか。
日本の生産性を上げるためには、モノやサービスの単価を高くする必要があると提言します。生産性が低いのは本質的な価値が高いにも関わらず、単価が低いことだけが日本の問題であるならば、本質的な価値に見合うよう値上げをすれば解決します。しかし、全てではないですが今の低価格なモノ・サービスの中にはそもそも値上げができない品質のものもあります。アトキンソン氏は同著の中で、値段の割に品質は良いが、価格を引き上げられない商品のことを「高品質妄想商品」と呼んでおり、6つに区分しています。

1 求める人がいなくなっている「ちょんまげ」高品質低価格
2 誰も求めていない高品質低価格
3 適切な価格にすると「やらなくていい」と言われる高品質低価格
4 供給側が勝手に高品質と思い込んでいる「なんちゃって」高品質低価格
5 消費者を「洗脳」した高品質低価格
6 低価格がもたらす「妄想」の高品質低価格

詳細は同著をご覧いただければと思いますが、例えば「1」はちょんまげの結い師の技術が高品質であったとしても、現代では需要自体がないので価格は引き上げようがありません。「2」も当然で、誰も求めていなければ価格は引き上げられません。また「3」の好例が宅配便で、当日配送や時間帯指定配送などの高品質なサービスが労働力不足によって適正料金まで引き上げられた結果、当日配送や時間帯指定を選ばなくなった利用客も少なくないはずです。


このような「高品質妄想商品」の状態を改善しないままの商品を主たる事業で扱っていては、生産性の向上は困難です。生産年齢人口が激減する日本では、付加価値創造~生産性向上~高収益の連鎖について1人1人が真剣に向き合うことが必要となり、その初めの一歩として、「高品質妄想」から脱却することが必要となりそうです。


(*1)出典:オープンワーク株式会社「働きがい研究所 調査レポートVol.60」
  時給は、各社の有価証券報告書に記載された平均年収を、各社の標準労働時間及びオープンワーク株式会社に投稿された平均残業時間から算出した年間勤務時間で割って算定している。
(*2)厚生労働省「労働統計要覧」では事業所規模30人以上の2017年度総労働時間が1,781時間、国税庁「民間給与実態統計調査結果」では2017年度平均年収(正規社員)が4,937,000円と公表されている。平均年収を総労働時間で割って時給を算定した。
(*3)三菱地所は総合デベロッパーであり、東京駅周辺の大手町・丸の内・有楽町地区に30棟以上のビルを保有する等、多額の有形固定資産を保有している。有形固定資産比率は68.6%とランキング10社の中で突出しており、建物・土地等を活用するビジネスモデルと言える。三菱地所以外の9社の有形固定資産比率平均は8.3%である。