コロナ特許を先読みしよう、と思ってみた。

2021年4月20日 室 健一

 新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミック宣言から1年以上が経つが、まだその収束が見えていない。
 この間、新型コロナウイルスの感染防止対策のため、マスクの着用やソーシャルディスタンスの確保、在宅ワークの推進、キャッシュレス決済の積極利用など、社会態様/生活様式の変容が訴えられてきた。こうした社会的変容を進めて行くためには、人々の意識だけではなく、そこに使われる技術も必要となり、その結果、新たな革新的技術が生まれる可能性もある。

 それでは、特許の世界ではこうした変化の兆しが現れているだろうか。特許出願の場合、原則として出願日から1年半を経過した後にその内容が公開公報として出願公開され、それまではその内容を知ることはできない。新型コロナウイルスが世界的に注目され始めたのは2020年1月頃であり、このため、これに関連する特許出願がなされたとしても、上述した出願公開制度のもとでは、2021年春の時点では公開前の状態にある。

 一方、特許には、「一定の要件」の下、出願人からの申請を受けて審査を通常より早く行うことができる早期審査制度というものがある。この「一定の要件」とは、その技術を実際に実施していること、或いは外国出願を行っていること、等である。この場合、早期に審査が完了し、公開公報より前に登録公報が発行されることにより、出願公開前であってもその内容を知ることが出来る。

 ただし、早期審査を利用するか否かは、出願人の方針にも依存し、新型コロナウイルス関連技術だからと言って早期審査を申請する訳ではない。また、実施技術ではなくとも外国出願を行っていることやその他の要件でも早期審査を行うことは可能であり、必ずしも厳密にデータとして反映されているとは限らない。しかしながら、この早期審査の状況を見ることにより、全体の動向を把握し、変化の兆しを捉えることができる可能性はある。

 例えば、AI関連発明について、早期審査の状況を見てみよう。図1は、AI関連の早期審査出願の推移である(AI関連の特許分類・キーワードに基づき著者算出)。2013/2014年頃からAI関連の早期審査対象出願件数が急増しているのがわかる。これは、早期審査対象出願だけに限らず、出願全体を分析した特許庁の報告書「AI関連発明の出願状況報告書」(*1)の内容とも合致する。すなわち、早期審査の動向を分析することにより、変化の兆しをキャッチできる可能性がある。



【図1】 AI関連発明の早期審査対象出願の推移(Patent Sqare®より著者作成)
2011年を100とした場合の各年の件数の推移。
なお、2019年、2020年は未だ早期審査数の全件を抽出できないため、点線枠は著者想定値を示している。


 それでは、2020年の特許出願において、早期審査の状況から把握できるコロナ関係の動きはあっただろうか。ここでは、特許出願の技術分野を示す「特許分類」や、出願内容から抽出される「特徴語」について、例年の出願から大きな変化がないかという視点で、分析を行ってみた。

 「特許分類」の結果を表1に示す。上位は、「管理・経営・業務システム,電子商取引」や「積層体」、「双方向TV,動画像配信等」の分野が占め、例年どおりの傾向となった。一方で、空気清浄機等が含まれる「空気の消毒,殺菌または脱臭」や、マスクやフェイスシールド等が含まれる「呼吸装置,防護」の分野が大きく順位を上げ、100位圏外から50位以内に入ってきた。これは、新型コロナウイルス感染防止対策技術の発明が増えたためと思われる。一方、「特徴語」の分析では、2020年に例年から大きく変動した用語は見当たらなかった。


【表1】 2020年 早期審査対象出願 「技術分野」 別件数順位(Patent Sqare®より著者作成)


 上記は日本の国内出願に限った話だが、世界知的所有権機関(WIPO)の発表によれば、2020年の国際特許出願件数は、昨年比4%増加して過去最高記録を更新したそうだ(*2)。その中で、「視聴覚技術」や「デジタル通信」等の技術分野が、対前年比で大きく増加したとのことである。確たる証拠がある訳ではないが、例えば、三密回避のために「視聴覚技術」が進展した可能性もある。

 現時点での、あくまで限られた情報の中だけの分析だが、今回の新型コロナウイルスによる社会態様/行動様式の変化により、感染対策技術や特定のデジタル技術の進展のほかは、大きな技術の変化はないようにも思われる。コロナ関連商品を様々買ったみなさんの感覚は、いかがだろうか。

 今回のような感染症のパンデミックに起因して、技術革新が起こり得るのか、それは特許動向としてどう現れるのか、引き続き注視していきたい所である。

(*1)「AI関連発明の出願状況報告書」(2020年7月 特許庁審査第四部審査調査室)
https://www.jpo.go.jp/system/patent/gaiyo/sesaku/ai/ai_shutsugan_chosa.html

(*2)「プレスリリース PR/2021/874」(2021年3月2日 世界知的所有権機構)

著者紹介
室 健一 Muro Kenichi

専攻は地球物理、素粒子論。
官公庁、特許事務所、精密化学メーカー知財部を経て、現職に至る。
趣味は、海外の離島めぐり、書店めぐり。