仕事の自動化を進める中で私たちが忘れてきたもの

2018年11月13日 村澤 浩一郎

 約25年ぶりに、仕事の必要性に迫られてTQC(全社的品質管理)、TQM(全社的品質経営)、QMS(品質マネジメントシステム)などを、当時の教科書やノートを引っ張り出してレビューしてみました。聞き慣れない方も多いでしょうが、いわゆる品質管理の考え方であります。

 日本の品質管理の歴史は80年代くらいから大きく動きます。TQCからTQM、さらにはISO(国際標準化機構)の定める標準規格が導入され、より直接的に企業利益に繋がる新たな仕組みを構築する先進企業が登場しました。トヨタがISO9001(品質マネジメントシステムの国際標準規格)に頼らず独自システムで高い品質レベルを確保しているのは有名な話です。パナソニックも「PQMS」という独自QMSで運営していました。

 この流れの中で共通しているのは、物事の仕組みを標準化する、規格化する、単純化する、そしてその仕組みを忠実に実行し回すこと。疑問を持たさず、文句を言わさず、ひたすら仕組みを回すこと。そうすると自動的に良品と標準レベル以上の技術者育成がどんどんできたのです。それは80年代以前から日本人の仕事のやり方で暗黙知になっていたものだったと思います。戦後日本は皆でこの仕組みを回したから、復興からの急成長を成し遂げたのでしょう。

 その後1985年のプラザ合意による劇的な円高という地殻変動で、国内生産を諦めた多くの日本の輸出企業は海外に工場展開を図りました。技術移転ではなく、ライセンス供与でもなく、物作りの源泉そのものを展開していきました。そこには当然自動的にどんどん良品ができる仕組みも付いていきました。日本が非意図的に海外展開したその仕組みは、程なく特に米国の技術者によって見抜かれ、そしてより科学的で経営環境変化に対応する手法に改良されていきました。その手法はやがてモトローラ、GEなどの一流企業に導入され磨きがかかることになります。またルーツは日本でも、導入本気度の違いで、彼らは経営効果をどの国よりも享受しました。それから10年くらい遅れて、それらの手法は日本に導入され、日本の一流企業の社員がこぞって勉強することになります。シックスシグマ、タグチメソッド、経営品質などが有名です。前職の会社の昇格試験では、経営品質フォーマットに自分の組織プロフィールを書かせて評価していましたが、このシステムさえ回していれば自動的に人材育成ができると会社も筆者も信じておりました。

 90年代に入ると、エレクトロニクス産業の中心である映像・音響家電の世界では大変革の準備が着々と進み、テレビに代表される映像信号処理がアナログからデジタルに変わりました。いわゆる地デジ化の始まりです。「匠の技」の象徴であったブラウン管製造が滅びたのもこの時代です。さらに回路のデジタル化により、例えばテレビを構成する部品や半導体などの電子回路が次々とモジュール化されました。この個別のモジュールと生産設備を調達し、さらには苦境に喘いでリストラされた日本人の技術者を採用することで、いわゆる「匠の技」、「擦り合わせ」と言われる技術が無くとも、相当高度なエレクトロニクス製品が自動的に大量生産出来る時代になりました。そしてEMS(電子製品受託製造サービス)と言われる業態が急成長し、台湾、韓国、中国は大きな経済発展を遂げ、今に至っています。

 このように考えますと、筆者の前職での約34年間はひたすら自動化をやってきた気がいたします。何も疑問を持たず、その延長に企業の発展と個人の成長、幸せがついてくると信じておりました。そしてそれらの自動化は確かに成果に結びつき、一時代の企業を間違えなく支えていたでありましょう。

 さて次は何を自動化いたしましょう。自動化のみで明るい未来は築けるでしょうか。何か忘れ物はないでしょうか。文明衰退論で有名な歴史学者アーノルド・トインビーは「自動化が最も高い評価を受ける社会は柔軟性と自発性が失われ、“自動化の罠”に陥り文明は衰退する」と今から50年以上前に警告しています。さらに「その社会のリーダ層は、民衆にかけた自動化の催眠術に自らかかってしまう」とも述べています。とすれば、筆者はその催眠術にかかっていたのでしょうか。お読み頂いている管理職の皆様、あなたは催眠術にかかっていませんか。

 この先、日本の製造業は「自動化の罠」にかからず成長できるでしょうか。「匠の技」、「擦り合わせ」が残っている分野で勝負してみますか。それは自動車がEVになったときのリチウムイオン電池でしょうか。それとも究極のクリーンエネルギーと言われる水素エネルギー時代に必要なインフラ、デバイス技術でしょうか。鉄鋼業に代表される素形材産業はどうでしょう。人の持つ暗黙知やノウハウは、電子製品で自動化された製造プロセスよりも伸びしろが多いような気もしますが。さて皆さんはどう思われますか。

 先日仕事の関係で、親交のあった元全日本女子バレー監督の眞鍋政義氏にお会いしました。学生時代エースと言われた選手の卵たちと、いかに目線を合わせ勝つことを教えるかに日々格闘されていました。28年ぶりのオリンピックの銅メダル獲得の影に、「自分を信じ、仲間を信じて戦おう」と選手を鼓舞し育てた熱き元監督の人柄に改めて接し、人と人とのコミュニケーションの大切さを改めて感じた瞬間でした。

 筆者の仕事の師である松下幸之助翁曰く、「松下電器は何をつくるところかと尋ねられたら、松下電器は人をつくるところでございます。併せて電気器具もつくっております、こうお答えしなさい。」と部下に命じました。常に心に留めてきたつもりですが、実践することの難しさを感じる日々であります。

 さて、筆者は残りの社会人生活を自動化に貢献するなかで「忘れ物」として置いてきかけた、真剣に人を育てる、人を創る、ということに、これまで以上に専念するといたしましょう。これは自動化だけでは決してできないものでしょうから。


著者紹介
ビジネスソリューション部
村澤 浩一郎Koichiro MURASAWA

学生時代に原子力工学を学び、半導体投資ラッシュの時代にエレクトロニクスメーカで技術開発に従事。
その後、マネジメント経験を経て日本の競争力向上に少しでも貢献するため、残りの人生を人材育成に注ぐつもり。
プライベートではアメフトのアナライジング精度とゴルフのパーオン率向上がもっぱらの課題。