オンラインライブと生演奏の狭間

2021年9月27日 藤田 すみれ子

 2020年4月に1回目の緊急事態宣言が発令されてから、間もなく1年半が経とうとしている。音楽業界もコロナ禍で大きな影響を受けている業界の一つで、コンサートやライブ等のリアルタイム演奏を観客が聴く場(以下「生演奏」)を設けることが難しい状況が続いている。
 最近では生演奏の代替手段として、 “オンラインライブ”の告知を目にする機会が増えた。オンラインライブとは無観客または観客数を制限した会場でのステージの映像を、インターネット上のストリーミング等を通じてリアルタイムまたはディレイ(編集確認等、数時間~数日の時差)で配信するサービスである。コロナ禍で短期間に急成長し、2020年の日本における「有料型オンラインライブ市場」(3~5割の「(演劇等)ステージ」が含まれる)は年間合計で448億円規模の市場となった(図1)。
 上記の通り、オンラインライブの市場規模は急拡大しているが、生演奏が受けている打撃をカバーするには至っていない。2020年の「ライブ・エンタテインメント市場」規模は「音楽」589億円+「ステージ」518億円の合計1,106億円で、過去最高を更新した2019年の6,295億円から約83%減少となった(図2)。

 これは音楽業界にとってどれほどの打撃なのだろうか。コロナ禍以前からの日本の音楽業界の売上の変遷を簡単に振り返ってみたい。
 かつては音楽視聴手段の中心であったCD等のオーディオレコードの生産金額は、ピークの1998年には約6,075億円、2012年で約2,277億円、2019年では約1,528億円と減少してきた(図3)。一方、CDに代わって広まったインターネット音楽配信の売上は増加し続けており、2012年の約348億円から2019年は約1,148億円となった(図4)ものの、この20年間のCD売上減少分を補うほどの規模には成長していない ¹。
 その結果、この十数年間、音楽業界では生演奏の収益化に力が入れられてきた。2019年の音楽ライブチケット販売額は3,665億円で、2003年の943億円から約4倍の市場規模へと成長している(図5)。ライブを収録したBlu-Ray等の映像作品は近年600~700億円の横ばい市場であり(図6)、生演奏は近年の音楽業界の売上を支えてきた柱だと言える。

 こうした状況を踏まえると、コロナ禍による生演奏売上の減少は、音楽業界には非常に大きな打撃となったことが分かる。これまで生演奏で得ていた収益を少しでもカバーするため、また音楽ファンとのつながりを維持するための手段として、オンラインライブに対する積極的あるいは必死な取り組みが見て取れる。コロナ禍以前の私自身は、頻繁ではないものの定期的に生演奏会場へ足を運んでいたので、コロナ禍で生演奏を聴く機会が無くなったことを残念に感じていたが、オンラインライブの告知を数多く目にし、先日初めてオンラインライブを体験した。
 参加手順は配信プラットフォームにより異なる部分もあるが、事前にWeb上で参加申込みを行い、開演時刻の少し前にIDとパスワードを入力することで、ストリーミング配信で映像と音声を視聴する、というのが基本的な流れである。
 実際に体験してみて、オンラインライブでの生演奏は手軽に参加できる点が、最大のメリットだと感じた。そもそも人気歌手・演奏家の場合はチケット購入自体が抽選ではずれる場合も多いが、オンラインライブは視聴人数無制限(申込人数にあわせて安定した通信帯域を確保)のケースが多いため、申し込めば確実に視聴できるという安心感があるし、開演の直前で申し込めるケースもある。またチケットの価格もリアルなライブに比べて安いことが多い。ライブ当日に会場に赴く必要もなく、とても手軽だ。私は体験したことがないが、首都圏以外や海外で開催されるライブにも気軽に参加できるだろう。

 しかし、気軽な楽しさを感じる一方で、個人的には物足りなさも感じてしまった。
何が物足りないのか考えてみると、まずは生演奏会場ならではの臨場感である。会場が作り出す音響、演出への没入感、観客の熱量といった会場の雰囲気を完全に味わうのは、ディスプレイとスピーカー・イヤホンだけのオンラインライブでは限界がある。
 また、一緒に参加した友人とあれこれと感想を話し合ったり、数日経ってからも当日のことを思い返したりすることも、個人的にはリアルなライブの楽しみの一つであると感じている。コロナ禍以前を振り返ると、会場で過ごす時間はもちろんのこと、チケットを申し込んでから当日までを楽しみに過ごす時間、当日以降に思い返して余韻にふける時間、その楽曲を別の機会に聴いて生演奏を聴いたことを思い出す時間など、一度のライブを楽しむために多くの時間を割いている。オンラインライブのような気軽さはないが、逆に満足度が高まっていたのかもしれないと感じた。それに対してオンラインライブは手軽に参加できる分、自分の中での盛り上がりという点ではややあっさりと終わってしまった印象である。

 しかし、オンラインならではの楽しみ方が相応に準備されているケースも増えているとも聞く。私自身は体験したことがないが、ビデオチャット機能を活用したファンとアーティストの双方向コミュニケーション、臨場感あるVR映像の配信、ゲーム等の仮想空間におけるライブ配信等も行われているようだ。オンラインライブはリアルなライブとは別物と捉え、新しい音楽の楽しみ方として、今後さらに充実していくのかもしれない。

 個人的にはそうしたオンラインライブの楽しみ方を模索しながらも、コロナが収束し、生演奏会場に足しげく通えるようになることを心待ちにしている。


¹1998年時点のインターネット環境はPCのみ(iモード登場前で、ケータイは実質ゼロ)、ADSL回線普及もまだ、32K~64Kbpsが主だった通信状態で、音楽配信コンテンツ収入はほぼ無視できると見ると、20年間で6,000億-(1,500億+1,100億)=3,400億円の損失、と見立てる。



図 1 オンラインライブの市場規模
出典:2021年2月ぴあ総研「2020年の有料型オンラインライブ市場は448億円に急成長。
~ポスト・コロナ時代は、ライブ・エンタテインメントへの参加スタイルも多様化へ /ぴあ総研が調査結果を公表」

https://corporate.pia.jp/news/detail_live_enta_20210212.html



図 2 ライブ・エンタテインメントの市場規模
出典:2021年5月ぴあ総研「2020年1月~12月のライブ・エンタテインメント
(音楽・ステージ)市場規模は8割減 /ぴあ総研が確定値を公表」

https://corporate.pia.jp/news/detail_live_enta20210513.html


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図 3 オーディオレコード生産金額
出典: (一社)日本レコード協会「日本のレコード産業」各年版より作成




図 4 音楽配信市場規模

出典:(一財)デジタルコンテンツ協会『デジタルコンテンツ白書』各年版より作成



図 5 コンサート市場規模
出典:(一社)コンサートプロモーターズ協会「基礎調査報告書」各年版より作成




図 6 音楽ビデオソフト生産金額
出典:(一社)日本レコード協会「日本のレコード産業」各年版をもとに作成

著者紹介
藤田 すみれ子Sumireko FUJITA

大学では社会学を専攻し家族の形態や機能を社会学的に分析する家族社会学を研究。
卒業後は通信・IT業界を経て現職。中小企業の海外進出支援、働き方改革等をテーマに研究事業に携わる。