スラバヤのモスクで垣間見た中国の一帯一路

2018年2月15日 大内 邦彦

 年初に仕事でインドネシアを出張した際、東ジャワ州の州都スラバヤで休日を過ごす機会に恵まれた。インドネシアで2番目に大きい人口約300万人の都市の名所をいくつか見て回る中で、私が最も興味深く感じたのがMasjid Muhammad Cheng Hooというモスクだった。外見は中国の仏教寺院か聖者廟なのだが、中身はれっきとしたイスラム教のモスクなのだ。インドネシアにおける華人の多くは仏教、道教、儒教、そしてキリスト教を信仰しており、ムスリムは少数派だが、ここで祈る信者には地元華人のムスリムたちが多い。一見すると中国人の彼らはアラビア語でコーランの聖句を唱えて祈り、その後はお互いにインドネシア語で談笑する。ちょっと不思議な感覚に囚われる光景だったが、インドネシアの歴史、文化、そして国際関係について考えさせてくれる機会となった。

            Masjid Muhammad Cheng Hoo (筆者撮影)

 このモスクは中国語では鄭和清真寺と表記される。清真寺は中国語でモスクを意味し、鄭和(Cheng Hoo、普通話(標準語)Zhèng Hé, 1371年-1434年)は世界史の教科書にも登場する有名人で、明の永楽帝に命じられ大艦隊を率いて1405年から1433年まで中国から南海へ7度にわたり遠征した雲南省出身のムスリムであり宦官の武将である。総勢2万8千人に及ぶ乗組員からなるこの大艦隊は、中華帝国の偉大さを知らしめ香辛料などの朝貢貿易を求めることが目的であり、一部は東アフリカの沿岸にも到達している。遠征の途上でスマトラ島、そしてスラバヤを含むジャワ島の港にも何度か立ち寄った大艦隊は、現地に商業の発展とイスラム教の信仰をもたらしたという。

 鄭和の遠征は、現在の中国が提唱している「一帯一路」(中国西部と欧州を結ぶ「シルクロード経済ベルト」(一帯)と、中国沿岸部と東アフリカを結ぶ「21世紀海のシルクロード」(一路)の両地域のインフラ整備、貿易と投資の促進を進め、巨大な経済圏を形成する構想)に似てなくもないなと思い、調べてみると、鄭和の名を冠したこのモスクが建立されたのはまさに一帯一路が発表された2014年。これは歴史的建造物ではないのだ。

 中国政府はこのモスクに深く関与しており、正面に掲げられた扁額(へんがく)の「鄭和清真寺」の文字は在インドネシア中国大使館の元大使の筆によるもの。また庭には在スラバヤ中国総領事館をはじめとする中国の公的な団体から建立を祝う言葉を刻む石碑が多数並んでいたが、そのうちの一つには「海上新絲路 友好睦隣邦」(海上の新シルクロード 友好が隣国を睦む)と刻まれている。一帯一路構想の下でインドネシアとの貿易、投資を拡大させている中国政府の意向が、この中華系モスクに投影されているのは明らかだろう。

           中国語で刻まれた碑が多数(筆者撮影)

 ところで、近年豊かになり始めたインドネシアでも海外旅行がブームとなっているが、インドネシア人の旅行先として人気が急上昇している国はどこかご存じだろうか。答えはサウジアラビアで、旅行の目的はもちろん敬虔なムスリムたちによる聖地メッカへの巡礼(ハッジ)だ。

 正式な巡礼はイスラム暦のラマダン月に集中して行われるが、聖地での巡礼者受け入れのキャパシティの問題等から、サウジアラビア政府は国ごとに受け入れる巡礼者の人数を定めており、現在インドネシアについては、ラマダン月の入国者は年間23.1万人に制限されている。しかし約2億人という世界最大のムスリム人口を抱えるインドネシアでは巡礼希望者が最近では増えすぎたため、ビザ発給を何年も待つムスリムたちが少なくない。またこの正式な巡礼は費用もかさみ長期滞在を余儀なくされる。このため、ラマダン月のシーズンを外して比較的廉価でメッカ巡礼が可能なツアー「ウムロ」が人気を集めており、参加者は2012年には50万人だったが2016年には81.8万人に達したと報じられている(The Jakarta Post, January 21, 2017)。一方、日本政府観光庁のデータによると日本へ旅行するインドネシア人は2017年で35.2万人のため、ウムロでサウジアラビアを訪れるインドネシア人の半分にも満たない。ちなみにサウジアラビアを含む中近東各地域は、かつての鄭和の大艦隊が目指した目的地であり、現在の中国の一帯一路構想にも含まれる地域であることを付言しておきたい。

 「インドネシアは親日だ」という話をよく聞く。インドネシアで見かける車もバイクもほとんどが日本メーカーのブランドであり、日本のアニメのキャラクターなどを見かける機会も多いので、多くのインドネシアの人々が日本に親しみを感じてくれているのは確かだろうと思う。しかし、一帯一路構想に基づく中国からの経済的、文化的な影響と、聖地メッカを擁するサウジアラビアに対する指向性は、インドネシアでますます強さを増していると今回あらためて感じた。日本にとってインドネシアは重要なパートナーであるが、親日だからという安易な気持ちに安住することは危ういだろう。中国政府の支援を受けた中華系モスクで聖地メッカに向かって熱心に祈るムスリムたちの姿は、現在のインドネシアをまさに象徴しているように見えなくもない。


(参考)
E & F-B.ユイグ(藤野邦夫訳)「スパイスが変えた世界史」新評論– 1998/3
陳燕南(拓殖大学華僑研究センター教授)「インドネシア華人とその経済的地位」
http://www.cocs.takushoku-u.ac.jp/nl4/1.htm
中国新聞網「印尼泗水郑和清真寺: 多元宗教包容发展」2014年07月29日
http://www.chinanews.com/gj/2014/07-29/6438483.shtml
長野綾子「インドネシア・イスラム教徒たちの人生最大のイベント『メッカ巡礼』」ザイ・オンライン,2014年5月12日
http://diamond.jp/articles/-/50068
The Jakarta Post “Indonesians love of Mecca boosts lucrative ‘umrah’ business” January 21, 2017
http://www.thejakartapost.com/news/2017/01/21/indonesians-love-of-mecca-boosts-lucrative-umrah-business.html
独立行政法人国際観光振興機構「訪日外客数(2017年12月および年間推計値)」平成30年1月16日
https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/data_info_listing/pdf/180116_monthly.pdf

著者紹介
大内 邦彦Kunihiko OUCHI

金型や鋳造などの素形材を中心とした産業調査に長年従事。中小ものづくり企業は日本経済の基盤であり発展の鍵であると確信。大学時代は文学部史学科でイスラム史を専攻し、ワンダーフォーゲル部に所属してマイナーな藪山を好んで登る。人とは少し変わった視点から物事を眺めるのが好きかも。