知財求人の声を聴け
7年前の今頃、私は、転職活動の真っ最中だった。当時すでに40歳を超えていたので、若い人と比べると応募できる求人の数は少なく、初めての転職ということもあり、なかなか苦労したのを覚えている。一方、公開されている求人票から、自分の経験にマッチするものを探したり、過去の業務を振り返って自身の強みを棚卸していく作業というのは案外面白かった。
最終的に今の会社が採用してくれたからということもあるが、全体として見たら、活動自体は楽しめた方だったとも思う。
特に面白かったのが、求人票の記載であった。
私の属する知財業界では、特許法などの法定要件に沿って業務を進めることが多い。よって求人においても、給与などの就業条件は異なっても、業務内容などの記載は各社でそれほど変わらないだろうと予想していたのだ。
ところが、意外にも求人票の記載は各社により大きく異なっていた、というよりも求人票から、各社が今後強化したいと思っている業務内容、すなわち今の自分たちの課題や、場合によっては本音のようなものまで透けて見えることがあったのだ。つまり求人票から、それを出している企業の内なる声が聞こえてくるような、そんな気がすることがよくあった。
例を挙げると、「事務所任せでなく、明細書や特許庁との応答書面を自分で作成できる方」などの記載は、明細書等を内製※1している、あるいはしようとしている知財部と予想できるし、「社内審査官になるのでなく、研究開発部門と共に発明案をブラッシュアップしていける方」などの話は、特許にならない理由をただ並べるだけの言わば評論家のような人でなく、発明案を特許になるように導いていってくれる人が欲しい、と言っているのである。さらには「弁理士資格取得よりも業務を優先いただける方」などの記載もあった。業務に力を入れず資格取得の勉強ばかりしている社員の扱いに管理職の人は苦労したんだろうなということが、このような記載からは伺える。つい本音が出てしまったのだろう。
そのような背景があった上で、知財情報分析などの業務にいま自分が携わっているせいか、ある時ふと以下のようなことが頭に浮かんだ。知財求人を分析することで、当該企業の知財部が今どのようなことをしようとしているのかを伺い知ることができ、そのようにして得られた知見は、我々のような知財サービスを提供する会社にとって有益ではないか、ということである。
これを確認するために、“IPランドスケープ”に関する知財求人を分析することを考えた。IPランドスケープについては、現時点のウィキペディアにもいくつかの定義が記載されている。以下はそのうちの1つである。
「IPはIntellectual Property(知的財産、知財)の略語で、広い意味では、知財を生かした経営を指す。具体的には企業の知財部門が主体となり、自社や他社の知財を中心とした情報を市場での位置づけ、競合関係を含めて統合的に分析し、グラフや模式図を使って経営陣や事業担当者に戦略の切り口を提供する活動をいう。欧米の知財先進企業に定着しており、17年ごろから日本企業にも広がり始めた」
要は、自社の事業活動が他社特許を侵害しないかを調査する時のように、特許文書を権利書として見るばかりでなく、技術情報を示すものとして捉えて、それらも情報ソースの1つとして、自社と競合他社などの分析をすることで、経営戦略や事業戦略の構築に貢献していこうという活動のことである。
このIPランドスケープは2017年に特許庁から公表された「知財人材スキル標準」で最初に取り上げられ、それ以降、知財業界のトレンドになっているといってよい。よってこのトレンドが知財求人から読み取れるなら、知財求人情報は、各社の知財動向を掴むための有効な情報源であるといえる。
この仮説の妥当性を検証するために、ある知財専門の求人サイトの2015, 2017, 2019, 2021年の各時期の求人情報(各年の1月、2月、3月のいずれかの特定の1日の求人情報)をインターネットアーカイブ※2から抽出し、各年で事業会社の求人全体※3に対して、IPランドスケープを業務範囲とする求人※4が何件あるか、その割合を調べてみた(下表)。
結果、2017年のIPランドスケープ元年以前の割合と比較し、2019年、2021年では、IPランドスケープ関連の記載を求人票に示す事業会社の割合は多くなっていた。
今回の調査は、ある求人サイトにおいて、各年の特定の1日に公開されていた求人票の情報のみを分析したものであるため、サンプルサイズが小さすぎる懸念はあるが、IPランドスケープに対する事業会社のニーズの高まりを求人票から捉えられている可能性がある。
このことから、各社の知財部の思惑がその求人票から透けて見えるという著者の仮説は一定の裏付けが得られたといえるのではないだろうか。そうすると、各社が知財活動として今後、どの方向に進もうとしているのかを分析する際の主な対象としては、各社が出願している特許そのものよりも、各社の知財求人の方がよりふさわしいかもしれない。
そう考えると、「こいつ、転職を考えているんじゃないか」と邪推されるリスクを考慮しても、他社の知財動向分析のためには、業務として知財求人の分析にも取り組む必要があるのではないか。また自社の今後の知財活動方針が筒抜けになっていないか、求人をよくチェックするように人事部門に提言しないといけないのではないか。こんなことを半分冗談として考えながら、今日も知財情報の分析に勤しんでいる。
※1 「内製」とは、出願書類(明細書など)や特許庁との応答書面(補正書や意見書など)を特許事務所等に外注せず、自社で作成すること。特許庁への手続きも自社で行う場合も多い。
※2 https://archive.org/
※3 ここでいう「事業会社」には、特許事務所等(特許事務所が設立した企業も含む)や知財サービス会社(特許調査会社など)は含めていない。一方、メーカー等の知財業務子会社は含めている。
※4 「IPランドスケープを業務範囲とする求人」については、IPランドスケープに関連すると思われる記載、例えば“経営戦略のための動向分析”、“分析結果の可視化”などが含まれていれば、該当する求人としてカウントした。