Uターンをきっかけに改めて地元と向き合ってみた
2021年5月、約5年間住んだ東京23区を離れて、幼少期からの約20年間を過ごした千葉県北西部のニュータウンにUターンしました。Uターンといっても、東京の都心部まで電車で片道1時間以内。職場も変わったわけではないので、Uターンという表現はやや大袈裟かも知れません。
しかし、同じ市内の実家まで徒歩圏内とはいえ、住み慣れた地元での生活には安心感だけではなく、不思議な高揚感が付いて回ります。
2022年2月掲載の安井のコラムでも取り上げていたブランド総合研究所の調査によると、2020年の都道府県の愛着度ランキングで千葉県は堂々の44位(*1)。大多数の県民にとって決して地元愛にあふれた土地柄とはいえないのかも知れません。「いつかは地元に戻りたい」という想いを抱き続けていた身からすれば、東京の1LDKの賃貸マンションでステイホームを強いられた1年間で「だったら、郊外に転居してしまえ」と背中を押されたようにしか思えない決断でした。
それでいざ地元に戻ってみると、自治体側も自治体側でUターンしてきた市民に対する補助金制度を独自に設けていることがわかりました。思わぬ臨時ボーナスに味を占めて調べてみると、残念ながら筆者の居住する自治体は対象に含まれていないのですが、「起業支援金」「移住支援金」と呼ばれる国主導の補助金制度があることがわかりました。
内閣府地方創生推進事務局「起業支援金・移住支援金」(*2)より作成
いずれの支援金制度も「東京圏以外の道府県又は東京圏の条件不利地域への移住」が条件になっており、「東京圏」とは東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県を指し、「東京圏の条件不利地域」には以下の市町村が含まれます。

内閣府地方創生推進事務局「起業支援金・移住支援金」(*2)より作成
実は当社は千葉県の富津市に、親会社の研究所(製鉄所に隣接)の一角を間借りする形で事業所を構えています。もちろんそこは工業地帯の真ん中ではありますが、自治体としての富津市は「東京圏の条件不利地域」に含まれており、移住支援金を中心とした地方創生移住支援事業の実施自治体にも名前を連ねています。また、移住支援金の要件自体が2020年12月から緩和されており、地元企業に転職しなくとも、テレワークで従前の業務を続けながらの移住も支援金の対象として認められるようになりました。
当社の人間がこのコラムを読んだら、「富津に転勤になって引っ越したら最大100万円の支援金がもらえるの?」という感想を抱くかも知れません。テレワークによる移住については「自己の意思によって移住し、移住先で移住前の業務を引き続き行うこと」という要件になっており、会社命令ではなく、あくまで自分自身の意思で富津市に引っ越す必要がありますので対象外です。当該事業所の十分な通勤圏内である木更津市や君津市も対象外です。
また5年以内に富津市外に転居してしまうと支援金の全額もしくは半額を返還しなければいけなくなります。住めば都という使い古された感のある諺もあるとはいえ、5年以上住み続けるためには、やはり街への思い入れや愛着、さらには家族の合意が欠かせないでしょう。移住支援金を目的にする人もいるかもしれませんが、この制度は移住という決断への最後の一押しとして活用されるのが正しい姿だろう、と筆者は考えます。
翻って筆者自身のUターンを振り返ってみると、そこには愛着のみにとどまらない、かといって後付けとも言い切れない一定の合理性があったように思います。「海が見える家」「川を眺める家」「丘の上から一望できる家」への憧れはあるものの、毎年のように頻発している地震や豪雨の災害を思うと、どうしてもハザードマップが気になって、地盤の固い土地を探してしまいます。筆者の場合、たまたま地元が水害に強く、地盤が強固なエリアだったに過ぎませんが、政府の推し進める国土強靭化の取り組みが一朝一夕でなされるものではない以上、災害に対する耐久性を備えた街や、その条件を満たす宅地を選んで移り住む人が今後はますます増えていくかも知れません。
もう一つ、筆者の住む街にはコンパクトシティとしての特長があります。東京圏の都心部で生活する場合と違って、郊外住宅地での暮らしにはどうしても自家用車が欠かせないイメージがありますが、筆者がUターンしたニュータウンでは駅、スーパー、ドラッグストア、家電量販店、市役所、図書館、総合病院などの施設が徒歩圏内に揃っており、普段の生活は自家用車なしで済んでしまいます。もちろん、ちょっと足を延ばせば、国道沿いにショッピングモールや飲食店などが連なっているので、自家用車があった方が便利ではあります。しかし何人たりとも加齢による衰えからは逃れることができません。高齢ドライバーによる死亡事故の件数自体は減少傾向が続いている(*3)とはいえ、自家用車があって当たり前の生活に慣れてしまうことに対しては、筆者はどうしても及び腰になってしまいます。
こうして考えてみると、災害に強く、車がなくても生活できる郊外型都市である筆者の地元は悪くないどころか、災害の激甚化や社会の少子高齢化を前にしてみると、むしろ非常に魅力ある街にも見えてきます。国立社会保障・人口問題研究所の「日本の地域別将来推計人口」(*4)によれば、筆者の住む自治体も中長期的な人口減は避けられないものとして予測されています。イーロン・マスク氏が日本の消滅を警告するtweetを記して物議を醸した(*5)ように、少子高齢化による人口減が現在進行形の大きな課題となっている日本において、住む場所について限られたパイの奪い合いに躍起になることには意味はないのかも知れません。それでも、コロナ禍をきっかけとはいえUターンを果たした身として、座して街の衰退を待つという姿勢でいることは出来ません。自分自身の懐を温めるためではなく、あくまで地元に人を呼び込む手立てを探るために、今日も支援金、給付金の説明に目を通しているわけであります。
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(*1) ブランド総合研究所「県民からの愛着、1位は北海道(2年連続)。岩手県が急上昇して4位に」(都道府県SDGs調査2020)2020年8月12日
https://news.tiiki.jp/articles/4566
(*2) 内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局、内閣府地方創生推進事務局「起業支援金・移住支援金」
https://www.chisou.go.jp/sousei/shienkin_index.html
(*3) 警察庁「令和3年における交通事故の発生状況等について」 2022年3月3日
https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/bunseki/nenkan/040303R03nenkan.pdf
(*4) 国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(平成30(2018)年推計)」 2018年3月30日
https://www.ipss.go.jp/pp-shicyoson/j/shicyoson18/t-page.asp
(*5) https://twitter.com/elonmusk/status/1523045544536723456(@elonmusk, May 7, 2022)
日本政府(総務省)発表の2021年の人口推計を受けていると考えられ、これをForbes JAPAN (https://forbesjapan.com/articles/detail/47378)などいくつかの報道機関が取り上げている。