ふるさとを想うって何だろう

2022年2月17日 安井 奈津実

 都道府県魅力度ランキング45位(2021年)¹ 、観光で行きたい都道府県ランキング46位(2020年)²  ―。このように聞くと、どれほど人気のない都道府県だろうかと想像するが、これは筆者が生まれ育った埼玉県の順位である。
 身内びいきは承知の上だが、埼玉県は住みやすい県である。海こそないが、山や川は美しく、都市機能も交通網も十分に整備されている。東京のベッドタウンとしても利便性が高いだろう。筆者もまた、できることなら将来は沖縄に住みたいし、旅行するなら北海道に行きたい。埼玉県の順位に不服はあるが、そんなところだろうという気はする。

 だからと言って、埼玉県の地位向上に興味がないわけではない。勝手ながら「埼玉県が誇る日本1位」を埼玉県のホームページ ³ 等にて探した。以下はごく一部である。


◆ 快晴日数:567日(2009~2018年)
◆ 最高気温観測:熊谷市41.1℃(2018年7月23日)
◆ 川沿いを走るサイクリングロードの長さ:170km
◆ 川幅:荒川の鴻巣市・吉見町間2,537m(2008年)
◆ 医薬品製剤の出荷額:約7,572億円(2017年)
◆ 化粧水の出荷額:493億円(2017年)
◆ 節句人形・ひな人形の出荷額:39億円(2017年)
◆ 市の数:政令市含め40市(2022年1月)


 特に熊谷市は日本で一番暑い街として有名になったが、それ以外にこんなにも多くが日本1位であるとは感慨深い。恥ずかしながら快晴日数が日本で一番多いことは知らなかった。海なし・からっ風など科学的な理由はさまざまだろうが、「日本一晴れの日が多い県」なんて印象がいいだろうから、もっとアピールしても良いのではないだろうか。

 最後(8番目)に挙げた市の数については、2位の愛知県38市に2つ差をつけて1位となっている。市の数が多いと何が良いのかと聞かれると即答はできないが、市に昇格するには人口5万人以上が条件の一つ(地方自治法)なので、埼玉県は平野部に人口の多い地域が連続していて ⁴ 、合併を迫られる個別事情もおそらく少なく、県内各市が満遍なく栄えていると言ってもいいのではないか。

 市の数の話で避けては通れないのが「平成の大合併」 ⁵ で、もちろん埼玉県でも市町村合併が行われた。市の数はその前後 ⁶ ともに埼玉県が1位なのだが、その市の数が減少した数少ない都道府県のひとつである ⁷ 。その中で、筆者の生まれ故郷である埼玉県鳩ヶ谷市は2011年10月11日、編入合併により川口市の一部となってしまった。人口約6万人(合併時点)の鳩ヶ谷市を合併したことで、川口市は人口約61万人(同市公表、2022年1月現在)となり、埼玉県下ではさいたま市に次ぐ県内第2位、政令指定都市ではない市では船橋市に次ぐ全国第2位、の大都市となった。

 合併の翌年は、ちょうど筆者が成人を迎えた年であった。川口市に住んでいる多くの友人と共に成人式に参加できたことは実は嬉しく、なんてタイミングが良いのだと喜んだ記憶がある。ちなみに成人式当日は関東で記録的な大雪で、旧鳩ヶ谷市民としては移動にとても苦労した。鳩ヶ谷から成人式の会場がある川口駅周辺に行くには自家用車やバスが手っ取り早いのだが、道路は完全にマヒしていた。振り袖姿で、雪に足を取られながら地下鉄の駅まで歩き、沿道の見知らぬ方に「あらまあ、頑張って」と写真を撮られたことは今思い出すと貴重な経験だ。

 他にも合併の個人的なメリットは多くある。住所を手で書く際に、画数が多い「鳩」という字を書かずに済み、代わりに「川口」という日本でも指折りの画数が少ない都市名を書けばよいことは楽だし、地元の話になった時に名前を挙げても「鳩ヶ谷?どこそれ?」と言われずに済むこと、むしろ「川口!都会だね」なんて言われることは嬉しく思う。

 しかし、寂しさももちろんある。なにせ生まれてからずっと住んできた街なのだ。
今はなき我が故郷、鳩ヶ谷市は、江戸時代には日光御成街道の宿場町として発展し、現在でもその面影を残す町並みが広がっている。地理的には大宮台地の最南端にあたり、一部が東京都足立区に面していたほかは、周りを全て川口市に囲まれている珍しい形であった。合併前の鳩ヶ谷市の面積は埼玉県蕨市に次いで全国2番目に小さかった。

 





図 旧鳩ヶ谷市の地理
注:濃い青が旧鳩ヶ谷市、薄い青が旧川口市
出典:合併ハンドブック⁸





 長らく公共交通機関がバスしかなかったため、鳩ヶ谷市は「陸の孤島」と呼ばれていたが、ついに2001年に地下鉄「埼玉高速鉄道」が開通して鳩ヶ谷駅、南鳩ヶ谷駅の2駅が市内に設置され、都心までの距離が縮まったことでベッドタウンとしてさらに人気を増した。筆者が小学生であった地下鉄開通当時、半ば無理やり地下鉄を使って市内を散策するという学校行事が開催されるなど、市民はお祭りムードだったと記憶している。

 川口と鳩ヶ谷の合併・分割は戦前の1940年代から紆余曲折があった ⁹ 。「平成の大合併」のトレンド ¹⁰ の中で2004年7月に合併の話が持ち上がったものの一旦白紙。その後2009年2月、鳩ヶ谷市が川口市に二市合併の協議を申し入れ、2011年に正式に鳩ヶ谷市が川口市に編入合併された。公式には「地理的に川口市に囲まれていること、生活圏が市域を超えていること、なども考慮して将来を見据えると合併が必要との見解」とされる ¹¹ 。当時市民にも噂されていた財政難は、当たらないようだ ¹²。

 川口市に編入合併していただき、利便性が高まった立場でも、鳩ヶ谷に対する愛着はある。
 鳩ヶ谷固有の歴史も特産品も多くあり、合併をめぐって個々人にも様々な思いがあったことだろう。ごくたまに鳩ヶ谷出身の人と社会で遭遇すると大変に盛り上がる。お互い初めは川口出身と言うが、嘘ではない。そして川口市民だと自称することは、心地よい。

 冒頭に述べた魅力度等の調査結果には、アンケート回答者自身の住む都道府県以外へのあこがれや刷り込みが強く反映されると考えられる ¹³ 。単に5段階で質問した「魅力度」とは別の尺度で、どの都道府県にも地元住民の思い入れは深く存在し、合併で消滅した旧市町村の住民にも必ず深い思い入れがある。「ふるさと納税」はもちろん川口市にも適用され返礼品も充実しているが、世の中の実態はどうも、鳩ヶ谷や川口への筆者の思い入れの表現とは別の場所にある。筆者も返礼品ありきでふるさと納税先を選んでおり、大きな顔はできない。川口市行政として「地方創生」政策もあり、「デジタル田園都市国家」にも対応するのだろう ¹⁴ が、それもおそらく思い入れとは違う場所への政策なのだろう。
 住民票を都内に移している現在、鳩ヶ谷、川口市、そして埼玉県に対する誇りを表現する方法は何だろう。他の地域の人たちの思う埼玉県の魅力とはきっと違うはずだ。埼玉県下40市22町1村の住民みなさんはどう思っているのだろう。そして筆者はなぜ南国や北国への憧れを捨てられないのだろう。

 ありきたりだが、難題。調査に携わる者として自問自答しながら、これからも出身地を誇りに思い続けたい。

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¹ 出典:「地域ブランド調査2021」(ブランド総合研究所)
² 出典:同上
³ https://www.pref.saitama.lg.jp/a0314/saitamakennomiryoku/zimannbanasi.html#a
⁴ 県別DID(人口集中地区)面積率では埼玉は5位、東京、大阪、神奈川、京都に次ぐ。出典:国勢調査 2015。
 https://todo-ran.com/t/kiji/13404
⁵ 地方自治法の改正を含む多数の政策の総称ではあるが、政府主管の総務省でも「平成の合併」という言葉を総括文書に用いている。
 例:https://www.soumu.go.jp/gapei/pdf/100311_1.pdf
⁶ 都度の政策措置によって促進具合の解釈に差があるが、例えば総務省の資料には1999年度~2009年度の自治体数比較があり、鳩ヶ谷市合併の経緯はここに十分含まれていると解した。
 https://www.soumu.go.jp/gapei/pdf/090416_09.pdf
⁷ 埼玉県の市町村合併 ~「平成の大合併」の現状と課題~ 2011.1 埼玉県   
 https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/14935/426899.pdf
⁸ 合併ハンドブックより 
 https://www.gappei-archive.soumu.go.jp/db/11saitama/0775kawa/wp-content/uploads/2011/09/guide_book.pdf
⁹ 第3回川口市・鳩ヶ谷市任意合併協議会次第より 
 https://www.gappei-archive.soumu.go.jp/db/11saitama/0775kawa/wp-content/uploads/2010/01/sesion03.pdf
¹⁰ 前述脚注6に同じ。
¹¹ 出典:埼玉新聞2009.1.31 
 https://plaza.rakuten.co.jp/saitama2001/diary/200902010002/
¹² 出典:第3回川口市・鳩ヶ谷市任意合併協議会次第 (前掲)
¹³ 出典:「地域ブランド調査2021」(ブランド総合研究所)調査概要より
 https://news.tiiki.jp/articles/4693
¹⁴ アールスリーインスティテュート 川口市役所へのクラウドサービスkintone導入による効率化事例の紹介 
 https://www.r3it.com/case/kawaguchi-city

著者紹介
安井 奈津実Natsumi YASUI

金融・法律業界を経て、現在は新興国産業やカーボンニュートラル関連の調査に携わる。
最近は自家製ぬか漬けに夢中だが、漬けていることを忘れて、味が濃くなってしまうこともしばしば。