これからの時代は、「これまで通り」の時代?

2020年8月26日 丸﨑 恒司

 在宅したまま仕事をするテレワーク制度の拡大により、その働き方と相性がいいとされる、いわゆる「ジョブ型雇用」が、最近ツイッター上でよく話題に挙がっている。「ジョブ型雇用」とは、従業員に対して職務内容を明確に定義し、労働時間ではなく成果で評価する雇用制度のことを指しており、米国を中心とした欧米諸国で取り入れられている。一方、日本では、職務内容や勤務地を限定せず様々な業務に携わることを前提に雇用する「メンバーシップ型雇用」が一般的である。そのため、今後は働き方が変わる前提で「これからの時代は、専門性を身に付けないと生き残れない」「会社に人が属するのではなく、仕事に人が属する時代がもうすぐやってくる」「今後は、ゼネラリストでは生き残っていけない、それだけははっきりしている」等々の言葉を目にすることも多い。

 もし本稿を読まれた方が、就職氷河期に社会に出た世代の人(私もこの世代)であるなら、これらの言葉はどこかで聞いたことがあるぞ!とならないだろうか。そう、ここで言われている内容は、バブル崩壊後、就職活動が空前の買い手市場になり、これからの時代は成果主義だ!プロフェッショナルだ!と世の中が騒いでいた頃のものと全く同じなのである。セリフすら同じだったかもしれない。

 狭義な定義の就職氷河期は今から約20年くらい前であることを考えると、上記の「これからの時代・・・」の内容は、実は20年近く言われ続けただけで、今になってなお到来していない時代、つまり「これまで通り」の時代の話なのである。

 上記の「ジョブ型雇用」の話のような、ある社会的なトレンドの渦中にいると、そのような流れが近い将来、社会に当然に実装されるという共通認識が形成されてくる。しかし、よくよく考えるとそれが世の中に実際に広く浸透するかどうかは、誰にも分からないものである。

 例えば、今、まさに流行の真っただ中であるテレワークについても、マスコミ報道やSNSを見ると、すでにほとんどの企業で導入が進んでいるかのような錯覚を覚える。しかし実際はそうではない。業種によっては大部分で導入が進んでいる場合もあるものの、正社員全体でみると、緊急事態宣言後ですら1/4より少し多いくらい※1であるから、これも今後どうなるかは分からない。

 さらに過去に目を向けると、流行りはしたものの、採用が思ったほど進まなかった制度や技術はさらに多くあったと考えられる。例として、フレックスタイム制度がある。この制度は1988年に法整備されているので、彼此30年くらい前から存在していた制度であり、感覚的にはとうに市民権を得ている、導入されていて当たり前の制度のように思える。私が新卒で入った会社でも入社2年目の頃には導入されていた。しかし実際には、今では当たり前と思われるこの制度ですら、統計を調べると業種によるものの、導入企業は調査した業種全体でなんと5.0%(H31年)※2と、実際は多くの企業で導入されていない、といってもいい状況なのである。

 このような過去の事例を考えると、今、現在まことしなやかに巷で語られている“これからの時代”や“当たり前になる”といった言説がいかに当てにならず、いい加減なものであるかが分かる。

 ちなみに私自身は、上記のバブル崩壊時の風潮にどっぷりとつかった一人である。すなわちスキルだ!、専門性だ!という世の中の言説を真に受け、勤務時間外に、会社で扱う技術内容について勉強したり、英語力を磨くなどのスキルアップに、人並みには取り組んだ。そのように、いわば時代に踊らされたことが、よかったのか、悪かったのか、それはまだ分からない。

 しかし、その頃から20年近くたった現在、自分や周囲を見渡すと見えてくることがある。今それぞれの領域で活躍して上昇気流に乗っている人達と、当時言われていたスキルや専門性に拘っていた人達は、まったく重ならないわけではないが、それほど大きく重なってはいないのだ。これは私の経験のある日本の大手製造業に限った話であるとも思うが、同じような思いを持つ人も相当数いると思われる。※3

 そうすると、今回の「ジョブ型雇用」の議論で盛り上がっているような“専門性を磨く”、あるいは“企業よりも仕事に人がつく”という考え方自体が誤りとは思わないが、かつての流行と同様、それを追求した人(特に現段階ではまだ「メンバーシップ型」の日本企業に勤務している人)が、将来の成功に結び付く可能性が高いかと言えば・・・、どうも微妙だよなあ・・、というのが過去の自分の経験からの正直な感想なのである。
 
 メディアやSNSで話題になっている「ジョブ型雇用」の議論を見るたびに何とも言えない思いがこみ上げてくるのは、私だけではないだろう。

※1
https://rc.persol-group.co.jp/news/202006110001.html/

パーソル総合研究所「緊急事態宣言解除後のテレワークの実態についての調査」より

※2 
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450099&tstat=000001014004&cycle=0&tclass1=000001022297&tclass2=000001022298/

「時系列18表  産業・企業規模別、フレックスタイム制を採用している企業割合」のエクセルファイルより

※3 
例えば「スキルアップ教を切る!―『なぜ、勉強しても出世できないのか?』」(著:佐藤留美)のような書籍がある。

著者紹介
丸﨑 恒司Koji MARUSAKI

電機メーカーの技術者を経て、知的財産の世界に。デバイス実装技術、デバイス製造プロセス、無線通信(標準必須特許)等に係る出願・権利化、一部ライセンスに携わる。
知財屋としての存在意義をどのように出すか?を日々模索中。プライベートでは、子供二人(息子、娘)に対して、親父としての存在意義をどのように出すか?を 日々模索中。