WBCに見た戦いの原則

2023年3月27日 片桐 暢



先日、2023ワールドベースボールクラシック(以下、WBC)が、日本優勝という最高の結果で幕を閉じた。日本球界のスーパースターを集結させて挑んだ戦いであり、ある意味、当然の結果であったかもしれない。しかしながら、「勝負は時の運」とはよく言ったもので、前評判がよくても敗北を喫する場面はよくある。特に、それまで全戦無敗の日本選手が、オリンピックや世界選手権等の大舞台において優勝を逃すことは、皆さんの記憶の中に必ずあるだろう。
実力が伯仲しているとき、いったい何が勝敗を決めるのか。勝負事は本当に時の運だけで決まるのか。日本人はメンタルが弱いため大舞台で力を発揮できないとも言われるが、メンタルが強いだけで勝敗が決まるのか。もちろんこれらの要素も勝負を分ける要因の一つかと思う。しかし、これだけでは言い尽くせない何かが存在する。今回は、WBCにおいて勝負を決めた要因について、筆者がかつて自衛隊で学んだ「戦いの原則」になぞらえて考えてみた。

自衛隊では、基本の基、戦いに勝利するために指揮官が守るべき要件、として「戦いの原則」というものを教えている。筆者が約20年前に教わったのは以下の9つの原則で、これらの一つでも欠けると勝利が遠のくため、常に念頭に置くべきものだ、とされていた。





WBCのニュースから想起したいくつかを、考察してみたい。

「目標(目的)」:WBCにおいて日本チームの目的は、「優勝」に尽きる。「日本中に感動を与える」、「野球人口増やす」、「興業的成功」等はチームの目的ではない。当たり前のようだが、個人の目的が「優勝」であったとしても、チーム全体としては「日本野球界のために・・・」のように目的がぼやけてしまうことも多くある。この場合、目的を達成するための具体的な目標が明確に定まらず、「惜しくも優勝を逃す」という結果となる。今回は、チームの目的が「優勝する」と明確であったため、選手・スタッフの具体的な目標も明確に設定されたことだろう。これにより、個々のベクトルが一方向に集中し、チーム全体として大きな力となり、「優勝」を実現させたと考える。

「主動」:戦いを有利に運び、勝利をもたらす最も重要な要素が「主動」である。主動とは、単に相手よりも先に動くということではなく、相手の動きをコントロールすることである。一見後手に回っているようでも、相手の行動を予測可能な状態にコントロールできていれば、主動性は発揮していると言える。主動を常に維持することは難しいが、ここぞという分岐点「決勝点」において主動が発揮されていれば、勝利を得る可能性が高まる。今回のWBCでは全7試合中4試合、特に準決勝と決勝、で先制点を取られた。この場合、敵は攻勢を強め、日本チームは主動の発揮が難しくなる。その状況で主動を発揮するためには、上記原則のうち、「集中」「経済」「統一」「機動」「奇襲」「保全」が重要となる。
日本チームは、これらの原則を効果的に達成したため主動を取り戻し、それらの試合での逆転勝利、特に準決勝での劇的な勝利を飾ることになった。

「集中」:戦力の集中といっても、一点のみに集中すればよいということではなく、「戦力の指向が一点に向かうように誘導すること」を意味する。自衛隊の場合、戦力集中の要となる「主攻」とそれを補助する「助攻」とに分けて考える。この「助攻」によって敵の兵力が分散されることで、「主攻」による「主動」性や戦力「集中」効果が高まる、とされる。又、勝敗の成否を決めるような時期と場所を「決勝点」と位置付けて、そこに戦力を集中することも「主動」を確保するため有利に働くとされている。

「経済」:戦いの原則における経済とは、効率的かつ効果的に戦力を「集中」させることを示し、コストを削減するものではない。具体的には、攻撃に際し、「主攻」と「助攻」の目標地域、戦力配分、攻撃方向、攻撃タイミングがずれてしまうと、戦力が地理的・時間的に分散してしまい、効率的な戦力の集中ができなくなる。これらがうまくかみ合うと、効率的な戦力「集中」が達成できる。
野球のチーム編成では、効率的に得点するため、上位打線(一般的には1番から5~6番の打者)に戦力を集中させることは常識である。しかしながら、今回の日本チームは、下位打線(それ以降9番打者まで)による援護射撃も見事であった。試合後のインタビューにおいて大谷翔平選手は「(3番打者の)自分の活躍(打点)は、下位打線や1~2番打者がチャンスを作ってくれたおかげ」と言っていたのが印象的であった。実際の数字でもこれが裏付けられている。大谷選手の看板直撃3ランホームランや吉田正尚選手(4番または5番打者)の大会打点王に注目がいく中、自身がホームインした「得点」を他国含めた全選手で見ると、2番打者の近藤健介選手が1位(9得点)、1番打者のラーズ・ヌートバー選手が5位(7得点)、主に8番打者しかも2試合は攻撃に参加しなかった中野拓夢選手が7位(6得点)と大健闘していた。なお吉田選手の打点の対象である大谷選手も1位(9得点)だった。
点数を取るための弾込めの役割を、上位打線のみならず下位打線でも行い、効率的に得点に結びつけた「集中」と「経済」の好例である。

「統一」:戦いにおいては、関係部署と連携しながら、全ての努力を総合して共通の目標に指向することが必要である。その「統一」という状態は、権限を一人の指揮官に付与した場合、最も確実になる、としている。栗山英樹監督の采配をみるとこの一端が垣間見える。例えば、決勝戦における投手7人による継投策や、準決勝9回裏に何が何でも逆転サヨナラのホームインだけを目指して俊足の周東佑京選手を1塁の代走に立てたことは、勝ちにこだわり、全員野球を貫いた栗山監督の意思の強さを感じる場面であった。

「機動」:機動というと、戦場を駆け巡る戦車や戦闘機のように、速度のある兵器を想像するかもしれない。それらは機動を実現する手段であり、ここで言う「機動」とは、「必要な時期と場所に必要な戦力を集中又は分散することで、有利な態勢とすること」を示している。準決勝8回裏の源田壮亮選手の送りバントは、少しでも得点の可能性を高めた良手であり、実際にこの送りバントで2塁から3塁に進んだ中野選手が、次の山川穂高選手が打った犠牲フライによりホームイン、1点差に迫り、前述の逆転サヨナラ勝ちの礎になった。

「奇襲」:WBCにおいて奇襲と言えば、準々決勝イタリア戦での大谷選手のバントヒットがすぐに思い出される。奇襲を成功させるための要件は「敵の予測しない時期・場所・方法で打撃し」「敵に対応のいとまを与えないこと」であるが、ここでは後者が肝である。意表をついた最初の一撃で敵は混乱するかもしれないが、態勢を整えて対応された場合、不意を突いた打撃の効果は全くなくなる。対応のいとまを与えずに継続的あるいは壊滅的に打撃を与えるのが重要である。大谷選手の3塁線へのバントは、単に守備陣形(全員1塁側に寄った、いわゆる大谷シフト)の盲点をついて混乱(俊足・大谷選手の出塁のみならず、悪送球で近藤選手は1塁から3塁へ)をもたらしただけではなく、それまでの膠着した雰囲気と試合の流れが一変し、先制の1点、さらに岡本和真選手の3ランホームランという大量得点につながっていったかと思う。

「保全」:保全とは、「自身の安全と行動の自由を確保すること」である。これを実現するには、適切に情報をコントロールし、不断の警戒・防護態勢をとることが必要である。「保全」は「奇襲」と表裏一体の考え方で、情報漏洩を防止し、漏れのない警戒を行うことで敵の奇襲を予防する、という効果を生む。WBC決勝戦、最終回のマウンドに立った大谷投手は、中村捕手とグローブで口の動きを隠しての密談を行っていた。詳細内容は不明だが、今大会初バッテリーを組む2人の間でサインの確認を行ったと聞いている。日本語の読唇術など駆使しないと思われるアメリカチームが相手であったとしても、この口を隠す習慣行為の実践こそ、不断な警戒・防護態勢を維持するのに重要なことであり、敵にスキを与えず、結果的に実力を100%発揮した秘訣かと思う。「詰めが甘い」という言葉は誰しも耳にしたことかと思うが、このような言葉は、大谷・中村両選手の辞書にはないようだ。

 大谷選手で始まり大谷選手で終わったように報じられたWBCであったが、試合内容をよく見ると、「全員野球」の言葉がぴったりくる理想的な展開が目白押しであった。漫画のような展開は、偶然ではなく必然の積み重ねによる結果であるが、これを実現することは至難の業である。心の底から賞賛したい。
 日本チームの目的は「優勝」であったが、これを達成したことにより、「日本中に感動を与える」、「野球人口増やす」、「興業的成功」も同時に達成したかと思う。チーム目的が逆であればこのような結果にはなっていないだろう。これは、勝負をする上で、勝ちにこだわり、これを明確な目標として掲げることが最も重要であることを証明している。

負け試合の中にも、「戦いの原則」に当てはまることがあるかもしれない。しかし、「戦いの原則」を意識した場合とそうでない場合とでは、その結果の差は歴然である。勝負事のみならず、仕事の面でも、上記した「戦いの原則」を意識すれば、勝率はぐっと挙がるはずだ。これを機に、自身の問題として実践してみてはいかがだろうか。

試合経過等の出典:https://www.wbc2023.jp/teams/360/(日本チーム全試合全選手記録詳細)

著者紹介
片桐 暢Mitsuru KATAGIRI

陸上自衛隊・特許事務所を経て、現在知財畑で作物を栽培中。

WBCに見た戦いの原則
2023年3月27日